第36回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞(日刊スポーツ新聞社主催、石原音楽出版社協賛)の各賞が、先月27日の配信番組および28日付の紙面で発表されました。動画や紙面でお届けできなかった受賞者、受賞作関係者のインタビューでの喜びの声を、あらためてお届けします。
◇ ◇ ◇
松岡茉優(28)が主演映画「愛にイナズマ」(石井裕也監督)で19年以来2度目の主演女優賞を受賞した。同賞の複数回受賞は、吉永小百合の3度、宮沢りえ、綾瀬はるかの2度に続き史上4人目となった。
初号試写が終わると、松岡は隣から拳を差し出された。父親役の佐藤浩市だった。称賛の証しにほかならない。デビュー目前で夢を奪われた映画監督の主人公・折村花子を力強く演じた。「観客の皆さまに感謝の気持ちでいっぱいですし、わたしにとって大切な映画と出会ってくださったことをうれしく思っています。1人1人にお礼を言いたい気持ちです」。宝物を紹介するような、柔らかい声で受賞を喜んだ。
「蜜蜂と遠雷」以来の主演女優賞となる「愛にイナズマ」では、アフターコロナを舞台に、社会の理不尽さへの反撃と家族の再生が描かれた。オファーには「当然引き受けたいけれど、わたしに務まるのか不安でした」と即決はできなかった。
オファーが届いた時点で家族役の顔触れは決定済みだった。劇中の「折村家」キャストには佐藤、池松壮亮、若葉竜也、恋人役には窪田正孝。演技巧者がそろう中、座長を務めた。「なおさら、尊敬する先輩たちとわたしが相対することが本当に『叶う』のだろうか、と。わたしがこの役をやることはそれが叶うのだろうか、(役の)花子さんの願いが叶うんだろうか、っていう意味の葛藤がありましたね」。
“唯一無二”の巡り合いが、心を固めた。「この作品を今逃したら、きっともう2度とまわってこないものだと感じて。それは、やはりこの作品がコロナ禍真っ最中を描いている作品であって、今の時代だからこそ出来るもの。やらないという選択が出来なかった」。コロナ禍という重い現実の中だからこそ生まれた、重厚な脚本とキャスト。周囲の支えにも、背中を押された。「わたしを普段支えてくれる人に、すごく迷っていることを伝えたんですけど『絶対できるし、わたしはそれが見たいから』って言ってくださって。その言葉はとても励みになりました」。
撮影時もコロナ禍中。マスクという口元の“壁”が演出の1つになった。主人公・花子を軽んじるプロデューサーと助監督相手に、押し殺した本音をマスクを下げて伝えるのか、伝わらないと諦めて上げ直すのか。何度も外そうとしても、許せない言葉を浴びせられ結局は閉じてしまう、そんな心の動きをマスクの付け外しで表現した。生きものらしさを表すため、マスクは呼吸のたびに生地が動くものを選んだ。「今それをやろうと言われても、正直思い出せない感覚もあるでしょうし…。あの時だからこそ。忘れられない演出です」。陰鬱(いんうつ)としたコロナ禍の空気感が生々しく描かれた。
松岡は今作を「応援歌」と表現した。物語は2層に分かれ、後半では社会への反撃と家族再生を描くが、その導入となる前半は、胸をえぐられるような痛々しい描写もある。花子が仕事相手から、言葉の刃を浴びせらるシーンはハラスメントを思わせ、ストレートに痛々しい。観客の「途中退席した」という声も、松岡の耳に入った。「そのような経験をされたことがある方なら、なおさらお辛いでしょうし、耐えられないという気持ちも分かります」と寄り添う。
ただ、「もしチャンスがあるなら、ぜひ後半を見てほしいなと思っていて」と言葉に力を込めた。そして、願うような表情を浮かべて続けた。「(後半は)花子がもう1回立ち上がるまでの物語。この作品は、落ち込むところまで落ち込んだ後にもう1回復活できる作品だと感じています。もし最後まで観てもらえたら、きっとその方にとっての応援歌になると思うし、花子が誰かにとってのヒーローになっていたらとてもありがたいです」。作品の力を信じている。
劇中の家族「折村家」との出会いで、松岡にとっての財産も増えた。「わたしの中では『家族』を演じるというのは、特別な思いが生まれやすいです」と明かす。初日舞台あいさつ後に行われた食事会後、一家でロケ地のバーまで“聖地巡礼”した。「(長男役の)池松さんが『歩きますか?』とおっしゃったんです。浩市さんに『30~40分かかるけど行きたいです』って言ったら、苦笑いで『じゃあ歩くか』と言ってくださって」。そこからは秋も深まった寒空の下、マップを手に大移動。折村家一同と窪田を含めた家族5人、時に道に迷い、時に都内とは思えない道ならぬ道を歩き続けた。「そのわがままを言えてしまったり、あの時間があんなに心地よかったのは、家族っていうものを演じたからだなと思う。本当はみんなで手とかつなぎたかった。それは言えなかったけど」と照れくさそうにほほ笑んだ。「並んで歩いている影を見ると、込み上げるモノがあって。わたしはあの影を忘れないし、願わくばまた歩きたいなって思います」。劇中と地続きの絆がうまれた。
2023年で芸歴20年目。「浩市さんに『うまくなるなよ』って言われて。それが今のスローガンです」。そこに込められた意味とは。「いっぱい考えたけど答えは出ていなくて。でも、言ってくれた理由はなんとなくピンときています」。約10秒後、言葉を紡いだ。「何事にも正解なんてないっていうところなのかな。こういうお芝居ができるようになりたいと追及してしまうけど、そこじゃない、うま味、色気があるというところなのかな」。未来を描く瞳が好奇心で輝いた。【望月千草】
◆松岡茉優(まつおか・まゆ)1995年(平7)2月16日、東京生まれ。8歳で子役として芸能界入り。16年「真田丸」でNHK大河ドラマ初出演。23年「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」で主演。映画は「勝手にふるえてろ」で第42回日本アカデミー賞優秀主演女優賞、「万引き家族」で同優秀助演女優賞受賞。「蜜蜂と遠雷」で第43回日本アカデミー賞優秀主演女優賞。昨年11月に自身初の著書「ほんまつ」発売。
◆愛にイナズマ 折村花子(松岡茉優)は、空気を読めないが魅力的な舘正夫(窪田正孝)と運命的に出会う。夢の映画監督デビュー目前にだまされ、企画まで全て奪われながら反撃を決意。父治(佐藤浩市)兄誠一(池松壮亮)と雄二(若葉竜也)のダメ家族が抱える秘密を映画にして世の中を見返すと息巻く。



