群馬県多野藤岡地域、上野村。今夜の宿は、国民宿舎「やまびこ荘」である。

 村のホームページは、こう解説している。

 「やまびこ荘では、静かな大自然のなかで過ごすひと時を大切に、心温まるお宿を目指しております。上野村温泉郷の一つである塩ノ沢温泉で心と身体を癒し、和と洋を融合させた創作料理、さらには十石猪豚、十石みそ、きのこなど地元の旬の食材をご堪能ください」うんぬん。

首都圏への出荷に忙しい「きのこセンター」
首都圏への出荷に忙しい「きのこセンター」

 周辺の、潤沢な緑はもちろん特筆ものだが、 それはどの山間地に見られる風景で目新しいものではない。

 この宿舎の、運営開始は1968年(昭43)7月である。

 その20年後の88年4月(実はこの間の85年8月、日航機の御巣鷹の尾根墜落で村はその対応に全力を注いでいる)に銘木工芸館・ふるさと観光会館が開設される。

 1965年(昭40)に3551人であった上野村の人口は、平成27年9月1日現在で1307人にまで減少している。どこにでも見られる長期過疎化現象だが、一方で村はこの間、何かに取りつかれたような性急さで“施設”を建設してゆく。

 列挙してみたい。

91年(平3)7月、ふるさと交流センター完成。

92年(平4)4月、山のふるさと合宿 かじかの里学園開園。

95年(平7)4月、道の駅「上野」完成。5月、森の菓子工房完成。6月、交流促進センター「ヴィラせせらぎ」オープン。

96年(平8)4月、十石味噌工場完成。

97年(平9)5月、東京電力神流川揚水式発電所着工。

98年(平10)3月、総合福祉センター(いきいきセンター)完成。5月、上野スカイブリッジ、まほーばの森竣工(しゅんこう)式。

99年(平11)4月、木炭製造施設完成。7月、うえのテレビ開局(CATV全戸加入)。

2000年(平12)4月、きのこセンター完成。

03年(平15)5月、上野村ふれあい館完成。

 そして今、この村のスローガンは「挑戦と自立の村」である。

 第12代上野村村長・黒澤丈夫は2011年(平23)12月22日、97歳で死去した。1913年(大2)12月23日生まれだから、誕生日から忌日まで、つまりその人生を過不足なく、みっちり生きたことになる。

 前述90年代の、村の“建設ラッシュ”は、彼の手腕によるものである。

 時代は政府主導による、「平成の大合併」前夜であった。1999年(平11)以降、市町村は自治体を広域化によって行財政基盤を強化、地方分権の推進に対応することなどを目的に次々と合併を繰り返し、市町村合併特例新法が期限切れとなる2010年(平22)3月末に終息する。

 ここで思い出すのが、黒澤丈夫の言葉である。

「私は市町村合併に関しては極めて慎重論者です。地方自治体というものは憲法で保障された自治を実行するために存在する国家の底辺にある社会です。この法制社会は単純に今の形になったのではありません。合併するということは、その地域住民の自治権を薄めることであります。1万人の町の住民が10万人のところへ行けば、自分たちの自治権は10分の1に減る。そこに着目すれば、慎重の上にも慎重に考えるべきことであると思います。自治体が大きくなればなるほど、住民がその自治体を自ら支えているという意識、自治意識が薄まります。それは、そのまま団結心の乏しい国家につながっていきます」

「自治体は千差万別でいいと思いますよ。二百人の村があってもいい。人口の多い都市をつくろうとすることは、非常に危険なこと。自治の本質を失ってしまう。小さな町村の自治は、国や県のまねをする必要はなくて、それぞれのやり方でいい。上野村も上野村なりのやり方でやってゆくべきだと思います」

「上野村の住民が安心して生計を立てていくために必要な工業は、村に原料があり、われわれ自身が資本を投入し、工場も整備し、経営も自分でやるという方向でなければだめだ、ということを悟りました」

 たとえば冒頭の、国民宿舎「やまびこ荘」が「和と洋を融合させた創作料理、さらには十石猪豚、十石みそ、きのこなど地元の旬の食材」を提供できるのは90年代に起業した、「十石味噌工場」「きのこセンター」があればこそであり、地元木材による国民宿舎の、その暖房は「木炭製造施設」が支えている。観光客の「静かな大自然のなかで過ごすひと時」のために「まほーばの森」があり、誘客のための「上野スカイブリッジ」「フォレストアドベンチャー・上野」などが建設される。住民たちの老後に備えた「総合福祉センター」「上野村ふれあい館」も、将来への設立趣旨であろう。そして上野村は今も昔も、唯一の村であり続けている。

 平成28年2月、上野村が発表した「上野村 まち・ひと・しごと創生 人口ビジョン」は、こう結んでいる。

 「将来への持続可能性を確保する810人のバランスのとれた社会の創出」。そして最終到達目標に「日々幸せを感じる810人の持続可能性社会の創出」を掲げる。

 人口810人の、理想郷。それは、黒澤丈夫の思想に裏打ちされた、夢の実現である。

                  ◆

 今回、多野藤岡地域を訪れるにあたって、1冊の本に出会った。「誇りについて 上野村村長 黒澤丈夫の遺訓」(藤井浩著・上毛新聞社事業局出版部発行)。記事中の、黒澤村長の談話はこの本からの引用である。

 この拙稿で書ききれなかった(当然だが)、黒澤丈夫の全てはこの1冊に凝縮されている。上野村全戸に配られたという、この本との遭逢は無上の喜びであった。

                  ◆

 群馬県の南西部に位置する多野藤岡地域(藤岡市・上野村・神流=かんな=町)は、隠れた魅力でいっぱい。

★田舎暮らし体験処「木古里」体験メニューに松葉サイダー作り、田舎暮らし体験など(詳細は、電話090・5589・3962)

★「道の駅 万葉(まんば)の里」(神流町)神流川の清流に沿う国道299号(十国峠街道)にある群馬県で15番目の道の駅。山菜やこんにゃく、川魚などの季節の料理を楽しめます。中でも清らかな水に恵まれた神流町産の蕎麦で作る手打そばが人気。

冬桜は今が見ごろ「桜山公園」
冬桜は今が見ごろ「桜山公園」

★冬桜の名所「桜山公園」藤岡市(旧鬼石町)の山間部となる桜山にある公園で、明治時代にサクラとカエデが栽植され、昭和12年には「三波川(サクラ)」として、国の名勝・天然記念物に指定された昔から冬桜の名所と知られた場所。今が見ごろ。詳細は電話0274・52・3111。HP「桜山公園」で検索。近くに「桜山観光みかん園」(藤岡市)など。

 詳細は「たのふじおかface」、HP「藤岡市観光協会」「神流町観光サイト-神流町オフィシャルサイト」「旅する上野村」で検索。

 アクセスは、【関越自動車道】練馬インターチェンジ→藤岡ジャンクション→藤岡インターチェンジ【上信越自動車道】佐久インターチェンジ→下仁田インターチェンジ→藤岡インターチェンジ。上野村へのアクセスは、下仁田インターチェンジで下車し、湯の沢トンネルを抜けるルートが便利。