松江市の無人島「九島」で太平洋戦争末期に造営が始まった水中特攻兵器「蛟竜(こうりゅう)」の基地を市民団体「戦後史会議・松江」が昨年10月に見つけた。

兵舎や橋、壕(ごう)の痕跡があったが未完成のまま終戦を迎えたとみられる。同基地は「舞鶴海軍施設部引渡目録」に記されているが、団体世話人の若槻真治さんは「存在を確認したのは初めてだろう」と話しており、刊行した「島根の戦争遺跡」で紹介する。

日本海側では福井県おおい町の大島、石川県穴水町の麦ケ浦でも同様の基地が資料にあったとされ、「日本海側の軍備がどうなっていたのか。こちらの調査内容を伝えつつ、県外の識者や自治体に協力を仰ぎたい」と話している。

九島は松江市美保関町七類にある小さな無人島。団体のメンバーらが船で上陸し、調査した。壕の入り口は高さ3メートル、幅3・5メートル。奥行きは14メートルで、この壕は引渡目録の記述から通信用の可能性があるという。

配備予定の蛟竜は5人乗りで体当たりは想定していないが、危険な任務遂行を主目的とした特攻兵器と位置付けられた。1940年代に本土や基地の防衛を目的に開発された。

同市の七類地域の史料「七類年代史」には「九島に暁部隊 兵舎を建設、築壕し駐留す」と記載されているほか、「七類教育百年史」には当時の小学校長の回想として、舞鶴港(京都府舞鶴市)の少佐が基地整備のため学校を接収したり、米子美保航空隊の練習生が掘削したりする様子が記されており、発見の手掛かりとなった。

若槻さんは「他県などに書籍を提供し、当時の状況をつまびらかにしたい」と語った。(共同)