「漫画 君たちはどう生きるか」が200万部の大ベストセラーになるなど、「名著」がブームになっている。そのブームの火付け役の1つがNHK・Eテレ「100分de名著」(月曜午後10時25分)だ。文学、哲学、宗教など幅広いジャンルの古典を紹介する番組で、最近では取り上げられた本の売り上げが飛躍的に伸びるという現象も起きている。秋満吉彦プロデューサー(52)に聞いた。
「100分de名著」は25分番組で、1冊の名著を1カ月、計100分にわたって紹介する。2010年にパイロット版として放送した「1週間de資本論」が好評だったことから、翌11年にレギュラー化された。第1回のニーチェ「ツァラトゥストラ」から今月の「河合隼雄スペシャル」まで、レギュラーとスペシャル番組で合わせて計100冊以上を取り上げている。
秋満氏は「古典は『今を読む教科書』なんです。今起きているさまざまな問題に私たちがどう向き合えばいいのか。古典を読むとそれが分かってくる。単に古典を分かりやすく解説するのではなく、現代の問題に切り込んでいくような番組を目指しています」という。
最近反響が特に大きかったのは、石牟礼道子「苦海浄土(くがいじょうど)」とアーレント「全体主義の起源」だという。前者は熊本県水俣市の主婦だった石牟礼が患者への膨大な聞き書きをもとに、水俣病の全貌を明らかにした。後者はユダヤ系ドイツ人の政治哲学者アーレントがナチスドイツの研究などをもとに、全体主義が生まれていく経緯を解き明かした。
「『苦海浄土』で描かれた水俣病は、長期化する原発問題と重なり合う部分があります。また、『全体主義の起源』はトランプ政権の誕生や、世界的な極右政党の台頭などが背景にあって関心を持たれたのだと思います。特に書店さんの注目度が高く、あちこちでブックフェアなどをやってくれました」(秋満氏)。
今年5月に紹介された「生きがいについて」も、ベストセラーランキングの上位に入った。精神科医でハンセン病療養施設で働いた神谷美恵子が、絶望的な状況の中でも希望を失わず生きる患者たちの姿から、「生きがいとは何か」を追求した。
「『悲しみにくれていましたが、明日からまた頑張ろうと思いました』といったメールやはがきをたくさんいただきました。『人生論ノート』や『幸福論』など生き方につながる本は、いずれも反響が大きいですね」(秋満氏)
吉野源三郎が81年前に出版した「君たちはどう生きるか」は漫画版、単行本ともベストセラーになっている。プロボクシング世界王者・村田諒太がインタビューで「愛読書」と明かしたフランクル「夜と霧」も、いまだに売れ続けている。
名著ブームについて秋満氏は「先行きが見えない不安定な時代の中で、今までの価値観が信じられなくなっている。では何に頼ればいいのか。昔の人の英知に打開策やヒントを求めている人が多いのではないでしょうか」と話した。【田口辰男】