平成の30年間、課長から会長に駆け上がった男がいる。今年で連載35周年を迎えた人気漫画「島耕作シリーズ」の主人公「島耕作」だ。松下電器産業(現パナソニック)に勤めた経験を生かし、作者弘兼憲史氏(70)は、経済、政治、社会情勢をリアルに作品に描き込んだ。作者が島耕作と歩んだ平成はどんな時代だったのか。弘兼氏は「バブルで浮かれ、その後、滅びがある。平成というのは天国と地獄を両方見た時代だった」としつつ、新たな時代に向け「まだ日本にも希望がある。それを描いていきたい」と語った。

 1983年(昭58)に連載が始まった課長島耕作は今、会長として、活躍を続けている。当初はバブル経済の時代。きらびやかな銀座の夜も多く描かれた。

 弘兼氏 バブルはね、昭和から平成に生きた我々にとっては、この世の華みたいなもんでね。本当にバカみたいにお金が使えて、金利も地価も上がって。億万長者がザラザラ出ていた時代。平社員でも銀座に行くから、ご多分にもれず、私も出版社に連れてってもらって。夜の銀座の世界をつぶさに現地調査できた(笑い)。平成を代表する狂乱期、楽しい時でした。

 島課長もニューヨークのタイムズスクエアに一流企業の証しとして「初芝電器産業」の看板を立てた。

 弘兼氏 日本経済は日が沈むことがないとか。ジャパンアズナンバーワンという言葉もあった。家電は世界を席巻した。土地の値段は絶対下がらないという「神話」があった。その浮かれた時から、一気に奈落の底へたたき落とされる。

 1991年(平3)のバブル崩壊。93年(平5)には就職氷河期となり、失われた10年とも20年ともいわれる。苦しい日本企業では終身雇用制度が崩れ、部長島耕作もリストラを宣告する側に。その中で韓国や中国が台頭する。

 弘兼氏 日本製品は価格は高くても世界に負けない細かい配慮がしてあるいい製品。日本の技術者もそこに矜持(きょうじ)がある。ただ、世界市場を見れば、無駄な機能になる可能性がある。シンプルでも安いものでないと売れない。そこを考え直さなければいけない。

 00年代、企業買収の話題がお茶の間を騒がせた。08年、島は初芝と五洋電機を統合しHGホールディングス社長に。翌年のパナソニックの三洋電機の子会社化の予言だと話題になった。

 弘兼氏 よく、先読みすると言われるんだけどね(笑い)。この時代、資金を持った会社、個人が出てきた。ITですよね。従来なら何十年かかるところ数年で一気に資金を得る。IT、携帯、通信というのは平成最大の革命。こういう時代が来るとは思わなかった。「ハロー張りネズミ」(80~89年)のころは誘拐犯は公衆電話を使っていたが、その後は使い捨て携帯、チャット、今はライン。漫画家も日々の変化に対応しないといけない(笑い)。

 11年(平23)3月11日、東日本大震災が起き、東京電力福島第1原発事故が発生した。

 弘兼氏 原子力発電のあり方に対してもう1度考え直すことになった。安全面ではないに越したことはないが、経済面を考えると外せないという苦しい事情や建設費が安い魅力はあった。ただ、事故が起きたら、安くもなんともない。小泉(純一郎)さんも大反対になった。もうちょうど、やめ時かもしれないですね。恩恵も受けたことも事実。火力発電を考えれば温暖化がある。難しい問題です。

 09年(平21)にサムスン電子が売り上げ世界一。10年(平22)にはGDPで日本が中国に抜かれ、世界3位に転落した。

 弘兼氏 人口が多い、市場のある国はやはり強い。日本は3位ですけど、今世紀半ばにはBRICs(経済成長著しいブラジル、ロシア、インド、中国の総称)などに抜かれ、10位くらいに落ちると言われている。

 平成が終わる来年、新たな時代を迎える日本はどう進んでいけばいいのか。

 弘兼氏 昭和は国内に豊かな市場があり、豊かに暮らしていたが、平成から先は市場が縮小し国内だけではやっていけない。だから、やはり国際化です。今後のサラリーマンは半数が海外生活を経験するでしょう。あとは、日本がいま強い次世代加速器や量子力学など、ニッチ(特殊)な研究分野でシリコンバレーのような一大タウンを築き、主導権を握ってリードする方向をとっていく。そういう話を「島耕作」で出しつつ、「日本にも希望があるぞ」と描いていきたい。【取材・清水優】

 ◆弘兼憲史(ひろかね・けんし)1947年(昭22)9月9日、山口県岩国市生まれ。早大卒業後、70年に松下電器産業入社。サラリーマン生活を経て73年に退社し、74年「風薫る」で漫画家デビュー。83年に「課長島耕作」の連載スタート。その他の代表作に「人間交差点」「黄昏(たそがれ)流星群」など。妻は漫画家柴門ふみさん。