三陸鉄道リアス線が開通する23日、東日本大震災の津波で全壊した岩手・大槌駅の8年ぶりの開業と同時に、駅舎に飲食店が新規オープンする。昼はラーメン店「麺匠Tokishirazu(ときしらず)」、夜は居酒屋「Barしえるぶる」として営業する。地元・大槌町出身の前川青空(そら)さん(28)は震災後に苦しんだPTSD(心的外傷後ストレス障害)を乗り越え、店を営む夢を先輩とともにつかんだ。
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店内はおしゃれなカフェ風な作りだ。外が見えるカウンターの壁面は鮮やかなブルーが彩る。前川さんは主に「Barしえるぶる」を担当するが、昼夜問わず店を切り盛りする実質的な店長を務めることになる。「しえるぶる」はフランス語で前川さんの名前でもある「青空」を意味する。
震災当日の午前中、仙台の大学に通う前川さんは帰省していた実家を離れた。大槌町にあった実家は津波で流され、母方の祖父母を亡くした。両親が離婚。高校教師の母親が多忙で、酒屋を営む祖父母に育てられた。「残っていたら、じいちゃんやばあちゃんを助けられたかもしれない。大事な人を守れんかったことが悔しくて」。ショックは大きく、複数の企業から出された内定を辞退。1年間、各地を放浪したが「これじゃダメだ」と思い直し、盛岡市内の居酒屋やホテルに勤務。調理場を担当した。
震災から6年以上経過した17年末。仕事中に倒れ、PTSDと診断された。「仕事が忙しく失恋もしたけど、あの時(=震災)のことがフラッシュバックしたことが大きかった。家族全員が弱っていて、自分だけはしっかりしなきゃダメだって、ずっと気が張っていたのかもしれない」。
地元に戻り、知人宅を転々とした。「最初はこんな所に帰ってきたくなかった。何もないし何一つしたくなかった」。自殺しようと海に入っていくところを、何度も友人に助けられた。そんな中、10代からフットサルを通じ、かわいがってもらっていた地元の先輩でオーナー菊池晃総(あきふさ)さん(39)に「一緒に店をやらないか」と声を掛けられた。30歳までに店を持つことが夢だった。迷ったが「能力を生かせるチャンス。家族に元気なところを見せたいし、支えてくれた友人や仲間への恩返しになる」と申し出を受けた。
精神安定剤に手を伸ばすこともなくなった。開店準備で多忙な日々が続く。「みんなが楽しくなれるような店にしたい。この店にいる時だけは、つらいことを忘れて」と笑顔を見せた。【近藤由美子】