下請けの小さな町工場が作りだしたホイッスルがこの秋、日本で開催されるラグビーW杯の会場で響くかもしれない。「ラグビーW杯2019日本大会」(9月20日~11月2日)の審判団が近く発表される。笛を吹く主審はわずか12人。これまで「ティア1」と呼ばれる強豪国がほぼ独占してきた。試合で使われる笛は各審判の私物だが、組織委員会ではバックアップ用にこの町工場の笛を採用することを検討している。ラグビー用ホイッスルを開発したのは、社員、パートを合わせ12人の小柴製作所(埼玉県ふじみ野市)。W杯の主審と偶然同じ人数の町工場だ。1980年(昭55)の創業以来、ヤマハの下請けとしてサックスやホルンなど管楽器の部品製造、組み立てを行ってきたが、リーマン・ショックでヤマハがふじみ野市の埼玉工場を閉鎖。同社を直撃した。

そんなとき、ラグビースクールで子どもたちにラグビーを教えている社員の伊藤健司さん(50)が「楽器を作る会社ならホイッスルも作れないの」と尋ねられた。高い音を響かせるサッカーやバレーボールと違って、激しくコンタクトするラグビーでは、選手の興奮を抑える重厚で低い響きが求められる。お手の物の中低音の管楽器製造技術で100を超える試作を繰り返し、17年秋、完成させた。

取締役の小柴一樹さん(40)は「材料は楽器と一緒なので、低い音は出せそうだと思っていました。部品は少ないし、すぐに完成するだろうとも思っていましたが、いい音というのは人によって違うので、すごく難しかった。僕らが至った答えは『吹いている人が一番気持ちがいい笛』でした」と振り返る。商品化したものの、販売網がないため、SNSを使っての販売だ。それでもこれまで約1000個が売れ、トップレフェリーも手に取るようになってきた。

日本でホイッスルメーカーといえば、サッカーW杯でも使われた野田鶴声社が知られる。ラグビー用も製造していた同社は15年に廃業。現在、ラグビー用を製造しているのは小柴製作所だけになっている。W杯組織委員会では「ホイッスルはレフェリーの手になじんだ私物が使われるが、忘れた場合などに備え、予備を用意しなければいけない」と話す。町工場が生んだ唯一の国産の笛をその候補とする考えだ。

笛には「KOSHIBA FACTORY」と刻印されている。苦境にあえぐ老舗足袋会社が、足袋の製造技術を生かしてマラソンシューズの開発に乗り出す「陸王」をほうふつさせるような物語。町工場が作った初の自社ブランド品にW杯が近づいている。【中嶋文明】

 

◆W杯審判 サッカーでは18年ロシア大会で主審35人、副審63人、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)13人の計111人が46カ国から選出されたが、ラグビーは主審12人、アシスタントレフェリー7人の超狭き門だ。過去8大会で選出された日本人は91年八木宏器氏(線審)95年斎藤直樹氏(主審)99年岩下真一氏(線審)の3人だけ。今回、選ばれれば20年ぶり4人目。主審なら24年ぶり2人目となる。