東京都目黒区で昨年3月、船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5)を虐待し死なせたとして、保護責任者遺棄致死などの罪に問われた父親雄大被告(34)の裁判員裁判は7日、結審する。

相次ぐ虐待事件に、子どもの視点で虐待を体験してもらい、防止につなげたいと、映像制作会社「ウェスト アンド カンパニー」(横浜市鶴見区)の西江祐哉代表取締役(36)は「児童虐待体験VR」のプロトタイプを9月27日に動画サイト、YouTubeで公開した。

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正面の父親、左に向くと母親、机に用意された昼食。どれも手を伸ばせば届きそうだ。両親が言い合いを始め、母親の怒りがこちらに向けられた。

父親が「母ちゃんの事嫌いでしょ。俺がそのうち殺してやるから」と、たばこを腕に当ててくる…。逃げ場のない残酷な世界が、VRゴーグルとイヤホンを通して迫る。

あまりのリアルさに、両親役の顔を見られなくなった。現実の虐待現場で、子どもたちは比べものにならないほどの恐怖に襲われるのだろう。

動画は過去の虐待事案に基づいている。VR動画だけに、虐待現場にいるかのように、子どもの目線で被害を擬似的に体験できる。

動画を見てほしい対象者は「虐待をしている親ではなく、ほど遠く、気付いていない周りの人」。実際に子どもの視点から見て、虐待を知ってもらうことによって、通報などで、被害の深刻化を防げる可能性があると考えている。

西江氏はうつ病を経験し「自分の存在価値を失った」と当時を振り返る。どうしたら自分に価値を生み出せるのか、人生が良くなるかを考えた。その問いの先で行き着いたのが「人助け」だった。

VR動画を用いた理由は「意識を高めてもらうには、自分事として主観的に体験してもらいたい。それにはVRが最適だから」だ。

動画に込めた1番の思いは「周りで起こっている虐待に気付いてもらいたい」。もう一つ、込められたメッセージは、通報できる勇気を持って欲しいということだ。「自分事として考え、本当の恐怖を知って欲しい。保身がなくなり、助けたいと思い、一歩を踏み出せる」。西江氏は、1つ1つの言葉にじっくり時間をかけ、心の底から絞り出すように言った。

動画のアップから1週間で視聴回数は18万回を超えた。反響は予想以上だ。批判も覚悟をしていたが、好意的な意見が多かったことに驚いている。動画の制作は、内容の精査など極めて慎重に進めており、アップされている動画は今のところ1本だ。「自分はまだスタートラインに立っただけです」。そう語った西江氏の目は、強く優しいものだった。【佐藤勝亮】