東京・池袋の都道で19年に乗用車が暴走し、松永真菜さん(当時31)と長女莉子ちゃん(同3)が死亡し、9人が重軽傷を負った事故で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)罪に問われ禁錮5年(求刑禁錮7年)の実刑判決を受けた、旧通産省工業技術院元院長・飯塚幸三被告(90)が、控訴期限の16日に控訴せず、実刑が確定した。遺族の松永拓也さん(35)は17日、会見を開いた。事故の主な経過は、以下の通り。

◆19年4月19日 午後0時25分ごろ、東京都豊島区東池袋4丁目の都道で、乗用車が交差点2つを含む約150メートルにわたって暴走。赤信号を無視し横断歩道に突っ込んだ。自転車に乗っていた松永さん母子が死亡し、運転していた飯塚被告と助手席の妻を含む、2歳から90代の男女9人が重軽傷を負った。

◆同24日 松永さんが都内で初めて会見を開き「一瞬で、私たちの未来は奪われてしまった」と訴える。この日、葬儀も営まれた。

◆同5月18日 飯塚被告が任意の事情聴取を受け「ブレーキをかけたが利かなかった」と説明。

◆同30日 飯塚被告の運転免許取り消しが決定。

◆同7月中旬 松永さんが飯塚被告への厳罰を求める署名を開始。

◆同9月20日 松永さんが東京地検交通部に飯塚被告の厳罰を求める39万1136筆の署名と、速やかな送検を警視庁と所轄署に指導することと早急な公判請求を求める要望書を提出。

◆同11月12日 警視庁が飯塚被告を書類送検。松永さんは同日の会見で「加害者は2人の死と向き合っていない」と吐露。

20年2月6日 東京地検が飯塚被告を在宅起訴。

◆同4月16日 松永さんが松永拓也と実名を公表。

◆同7月11日 事故を追悼する慰霊碑が、事故現場近くの豊島区の日出町第二公園に設置。

◆同10月8日 初公判。飯塚被告は遺族に「心からおわび申し上げます」謝罪も「アクセルを踏み続けたことはない。車に何らかの異常が生じた」と起訴内容を否認し無罪を主張。

◆6月21日 第8回公判で松永さんの被告人質問に、飯塚被告は「私の過失はないものと思っております」と変わらず無罪を主張。

◆7月15日 東京地検は第9回公判で、飯塚被告に禁錮7年を求刑。

◆2日 東京地裁は飯塚被告に禁錮5年の実刑判決を言い渡した。下津健司裁判長は、アクセルとブレーキの踏み間違えを認定した上で、判決に納得するなら過失を認め、遺族に謝罪するよう同被告を説諭。

◆16日 飯塚被告が控訴期限までに控訴せず、実刑が確定。