中国の少数民族、ウイグル人の人権問題を巡り、揺れる北京冬季五輪。この問題の本質はどこにあるのか。中国はどう見ているのか。そして日本の対応は。ジャーナリストで拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聡さん(57)に聞いた。【取材・構成=秋山惣一郎】

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-北京冬季大会では、中国政府の少数民族ウイグル族への人権侵害が国際社会の批判を浴びています

富坂さん もちろん、中国の人権状況に問題はあります。とくに治安維持を名目に、いろいろやりすぎた面もあると思う。でもそれはそれとして、五輪と絡めず批判すればいい。人権問題は本来、戦後の国際秩序を担う国連が、第三者的に対応すべき問題です。米国が主導して、外交ボイコットを言い立てても中国の人権状況が改善するとは思えません。

-00年の夏季大会誘致では天安門事件、08年大会ではチベット問題で、今回はウイグル。中国の五輪は常に人権が問題視されます

富坂さん 天安門やチベットの問題と今回は、意味合いが違います。当時との違いは、世界経済における米中逆転が視野に入ってきたことです。米国は制御不能なまでに巨大化した中国をけん制したい。だが、米中は経済的に強く結びついていて、中国を抑え込めば自国の経済も打撃を受ける。米国はオバマ政権以降、弱みを突いて妥協を引き出し、利益誘導する作戦を仕掛けてきた。コロナ後は米国内で反中感情も高まり、分かりやすく中国をけん制したいという事情もある。中国の目には、世界に無数にある少数民族問題のなかでウイグルだけを問題視する米国の姿勢は、欺瞞(ぎまん)としか映らないはずです。

-日本の岸田文雄首相は、外交ボイコットについて「国益の観点から判断したい」と述べました

富坂さん 正しい判断だと思いました。『国益』は、経済的な利益だけを指すのではない。守るべきは国民の生命と財産。ウイグル人の人権、とりわけ『ジェノサイド(集団虐殺)』や『強制労働』など中国が否定し、また完全に証明されていない問題のために緊張を高めるリスクは冒せない。残念ですが、国際政治は人権より利害で動いている。岸田首相の歯切れの悪さは、賢さと同義語です。

-しかし「外交ボイコット」と明言はしないものの、閣僚や政府関係者を派遣しないと決めました

富坂さん 日本は、アジアの少数民族問題について声を上げてこなかった。技能実習制度、難民受け入れ、入管でスリランカ人女性死亡事件などなど。国際的に批判を受けている国内の人権問題はほったらかし。ウイグルの人権問題でグイグイ前に出てきても、中国が素直に受け止めるでしょうか。

-「ウイグルの人権状況に政治的メッセージを」と求めてきた安倍晋三元首相は、岸田政権の決定を評価しているようです

富坂さん 米国主導の外交ボイコットに積極的に賛同する国が少ないのは、利害を慎重に見極めているからです。そこに日本が突っ込んでいく意味は何でしょうか。対中強硬論で前のめりになっている人たちは、台湾の問題にまで口を出していますが、内政問題に言及すれば、中国との摩擦は避けられない。歴史や領土などさまざまな問題を抱える日中関係に火がつけば、消すのは簡単なことではない。中国、韓国、北朝鮮、ロシア。友好的とは言えない国々に囲まれた東アジアで、米国頼みの日本はどう生きていくのか。一部の嫌中感情におもねらず、冷静に判断すべきです。

-最後に女子テニス選手の彭帥が共産党最高指導部の元メンバーと不倫関係にあったと告白した問題は、北京大会に影響しますか

富坂さん 不倫相手は元副首相で、共産党トップ7の1人ですから存在は重い。とは言え、既に引退しており、関係はないと言えば関係ない。不倫で騒がれるなんてみっともない、という程度のことです。ただ、これを口実に米国があれこれ言ってくるのが腹立たしいとは思っているでしょうね。

◆富坂聡(とみさか・さとし)1964年(昭39)、愛知県生まれ。北京大学留学など80年代半ばの中国に滞在。週刊文春記者などを経て、フリージャーナリストとして中国のインサイドリポートをさまざまな媒体で発表している。14年から拓殖大学海外事情研究所教授を務める。「『反中』亡国論」(ビジネス社)など著書多数。