先週のサウジアラビア国際競走で現役最後の騎乗を終えて騎手を引退し、1日に調教師に転身した福永祐一師(46)が4日、阪神11Rチューリップ賞で誘導馬に騎乗して出走馬を先導、最終レース終了後には引退式を開催。節目を迎えた名手について、騎手時代に取材した日刊スポーツの担当記者が「思い出」を記した。

     ◇    ◇    ◇

18年のワグネリアンによって、福永祐一騎手はダービー初制覇を果たした。だが、それ以前にも勝てるチャンスはあった。03年がそうだったと思う。

この年、彼が主戦を務めていた瀬戸口勉厩舎にはクラシック候補が2頭いた。1頭は祐一騎手とともにG1の朝日杯FSを勝ち、皐月賞TRの弥生賞をも制したエイシンチャンプ。もう1頭は、やはり彼が騎乗し、きさらぎ賞を勝ったネオユニヴァースだった。

クラシック本番でどちらに乗るか、祐一騎手自身が選べたはずだし、どちらが強いかも分かっていたはずだ。それでも結果的に逆の選択をし、エイシンチャンプでクラシックを戦った。同馬は皐月賞は3着に好走したがダービーは10着に終わる。2冠を制したのはM・デムーロ騎手が乗ったネオユニヴァースだった。

「自分は育てられた騎手だから」と、選択の理由を聞いたことがある。多くの人の応援を受けたからこそ、一流騎手としての今があることを自覚していた。だから馬の強弱だけではなく義理も大事にする。ともにG1を勝った馬に騎乗しないという選択肢はなかったのだろう。人間として魅力のある騎手だった。

【中央競馬担当=岡本光男】