平坦なブルーラインを外れると、そこにはヒルクライムの世界が広がっていた。
6月下旬にしまなみ海道をブルーラインに沿って尾道~今治往復147キロ(詳細はこちら)を走り、その翌日はゆめしま海道(詳細はこちら)を駆け抜けた。その2日目にゆめしま海道へ行った際、向島と因島で初日とは違うブルーラインが引かれていないコースを走ってみた。
向島から因島大橋まではブルーラインに沿って海岸沿いの道を走ったが、因島大橋を渡った先を前日とは逆のブルーラインが引かれていない方向へ南下した。因島大橋を左手後方にし、しばらくは平坦で海も近く気持ちのいい道が続き、入り江をぐるりと回ると因島水軍スカイラインが始まった。「スカイライン」という心地良い言葉の響きに誘われてやって来たのだ。
戦国時代に広い海域を支配した村上海賊(村上水軍)が能島、来島のほか、ここ因島にも本拠を置いたことが由来か。尾道観光協会のHPでは「因島東部の山腹を縫うように続く県道366号線の愛称」と紹介され、続けて「道中には瀬戸内海の絶景が見渡せるビュースポットや休憩所が点在。ドライブコースとしてはもちろん、アップダウンがきつめですがサイクリングやウォーキングのコースとしても楽しめます」とある。つまりはヒルクライムが待っている。
その通り、入り江から海岸線に戻ると上りが始まった。いきなり8%だよ。参ったね。その一番きついところに因島八景の「梶ノ鼻から因島大橋への展望」がある。ただ、草木が邪魔してせっかくの眺望もよく見えない。
上りきった先は海抜50メートル前後の断崖を走る平坦ルート。まさにスカイラインだ。足を休めながら素晴らしい瀬戸内の眺めを堪能する。その後のアップダウンで海抜0メートル付近まで2度下り、最後はピークの椋浦(むくのうら)峠まで約2キロの上り。坂の途中で椋浦休憩所があるが、ここで終わりではなく、この先が一段ときつくなり10%を超える急勾配も現れる。
汗びっしょりで上っていると分岐が見えてきた。標識によると左の下りが水軍スカイライン、右の上りが椋浦となっている。下りたい気持ちを抑え、右へ上ってみると左手に大パノラマが広がった。因島八景の「水軍スカイライン(椋浦峠)から地蔵鼻への眺望」だった。くじけず上っていれば報われる。遙か彼方の四国連峰まで見渡せた。
ここは標高130メートルぐらいだが、この先は標高390・5メートルの因島最高峰の奥山、そして村上水軍城址が残る青影山が東西に続き、その稜線は展望が素晴らしく「因島アルプス」とも呼ばれているそうだ。ただ、登山道となるので残念ながら自転車では行けない。
この後は下って家老渡港からフェリーで弓削島へ渡ってゆめしま海道を走り、再び家老渡港まで戻ってきた。時刻は午後1時過ぎ。弓削島で当てにしていたお店が臨時休業でランチにありつけず腹ぺこだ。因島といえばソウルフードは「いんおこ」と呼ばれるお好み焼き。ぜひとも食べなくちゃ。家老渡港から西の海岸線を北上しながら店を探す。
地図上ではいくつかあったが(これ自体すごい。普通近場にいくつもないよ)、進行方向左手でバイクラックもあったお店があったので自然と吸い寄せられた。生口島へのフェリー乗り場近く。サイクリストにとって止めやすく、店の中から自転車が見える環境というのはありがたい。
「混ぜない」のが広島風らしい。あんなにキャベツをのっけてひっくり返せるのかという不安は、おばちゃんの神業で吹っ飛ぶ。そば1・5玉入りのお好み焼きで腹いっぱいになった。実は「いんおこ」の特徴は「うどん入り」だとあとになって知った。砂ずりやイカ天を入れる尾道焼きも食べ損ねた。また行かなきゃね。
次に向かったのが因島水軍城。といっても歴史的なものではなく、昭和58年に築城された城型資料館だ。観光施設として建てられた熱海城のようなものか。ちなみにこちらも激坂の上にある(詳細はこちら)。
海岸線を北上すると、生口橋へのアプローチ入口からブルーラインが現れる。だが、因島水軍城への右折ポイントでは真っ直ぐ進むブルーラインしかない。ということはヒルクライム開始かと観念して曲がると、予想通りに上りが始まった。青影トンネルまでは1キロほど。ピーク手前には新しいトンネルが建設中で、これが完成すると最後のひと上りがなくなる。何となく悔しいが仕方ない。
因島水軍城へは短いが強烈な上りだった。駐車場までの330メートルが平均勾配9・2%、最大勾配12%。最後はダンシングでなんとかしのいだ。ところが因島水軍城はさらに上にあり、最後は階段となるようだったのでここで断念した。ふもとの金蓮寺(こんれんじ)には村上水軍代々の墓(五輪塔)があり、「金蓮寺から見る因島水軍城」は因島八景のひとつ。確かに青空をバックに山の上にそびえ立つ城は美しい。
最後に目指すのは向島の高見山国立公園展望台。しまなみ海道屈指のビュースポットだという。
因島大橋を渡って向島へ帰り、橋へのアプローチ出口からはブルーラインとは逆方向へ。少し海岸線を走り、国道377号から左折して376号へ入る。しばらくして上りが始まるが、これがきつい。ほぼ直線の10%近い勾配が延々と続く。いやになりかけた頃、目の前の道が消え、下っていることに気がつく。ふぅ~、終わりかと安堵したのもつかの間、高見山はT字路を右へという、鬼のような標識が目に飛び込む。
下りの直進は尾道大橋へ向かう。もうひと上りはきついなぁ。やめちゃうか。悪魔がささやくが、いやここまで来たんだから上ろうよと天使(じゃないかも)が背中を押す。一瞬の葛藤の末、右に進路を取った。で、一瞬で後悔する。なんか、きつくなってないか?
亀の歩みで勾配10%を上って行く。もうちょっとかなと思った矢先に見えた「山頂あと1キロ」の標識に心は折れそうになった。そして始まった勾配15%の攻撃。車が来ないことを幸いに、蛇行しまくり。真っ直ぐなんてとてもじゃないが上れない。
汗びっしょり、息も絶え絶えになりながら、とにかくここまで来たら足つきなしでピークへ行くんだという思いだけでペダルを踏み、T字路からの2キロを16分38秒かけて標高283メートルの山頂へたどり着いた。この間の平均勾配は9・8%。平均時速は7・2キロで歩くよりは少し早い程度だった。登坂距離はまったく違うが、きつさで言えば激坂で有名な神奈川の大野山と同じような感じ(詳細はこちら)だろうか。
息を整え、展望台への階段をよろよろと上る。すると「お~!」。思わず歓声。そこには息をのむ絶景が広がっていた。眼下に因島大橋。そして瀬戸の島々が一望できる。まさに上った甲斐のある山。登坂のつらさを全て忘れる瞬間だ。
メインのブルーラインとはまた違った楽しみが味わえる「裏ルート」とも言えるヒルクライムコース。絶景に出会えるのはほかに大島の亀老山、伯方島の開山公園などがある。しまなみ海道は奥が深い。「今度はいつ来よう」。そんな事を思いながら高見山からの豪快な下りをかっ飛んで尾道へと向かった。【石井政己】