アメリカでは今、アジア系の人々をターゲットにした憎悪犯罪(ヘイトクライム)が多発しています。カリフォルニア州オークランドのチャイナタウンで歩いていたアジア系の高齢者が、突然見ず知らずの人に突き飛ばされて亡くなったほか、91歳の男性が複数人に暴行を受けて負傷するなど、今年に入ってベイエリア周辺でアジア系高齢者を狙った事件が相次いでいます。

LAのチャイナタウンはアジアヘイトへの懸念からかランチタイムだというのに人影がほとんどなく閑散としています
LAのチャイナタウンはアジアヘイトへの懸念からかランチタイムだというのに人影がほとんどなく閑散としています

ここロサンゼルス(LA)でもコリアタウンで20代の韓国系の青年が暴行を受けたり、犬の散歩中に突然殴られる被害に遭ったアジア人女性もいます。そんな中、今月16日にはジョージア州アトランタで3軒のマッサージ店が連続して銃撃され、韓国系4人を含む6人のアジア系女性が犠牲になる事件が起こり、全米のアジア系住民たちに大きな衝撃が走りました。

アジア系米国人と太平洋諸島系住民に対する差別や憎悪の調査をしている非営利団体「Stop AAPI Hate」によると、昨年3月からの1年間でおよそ3700件ものヘイトクライムが報告されており、今年に入ってからはわずか2カ月間で、把握しているだけで500件を超えるヘイトが起きているといいます。

なぜ今、こんなにもアジア系へのヘイトが増えているのでしょう? 昨年夏には人種差別抗議運動ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)旋風が吹き荒れたアメリカですが、黒人だけでなく、アジア系の人たちも長きに渡って人種的な差別や迫害を受けてきました。ここ最近の急増する差別の背景にはやはり新型コロナウイルの感染拡大の影響が大きく関係していると思われます。トランプ前大統領が、新型コロナを「中国ウイルス」や「武漢ウイルス」と何度も公の場で形容し、あげくには「カンフーウイルス」などと呼んだことが差別を助長する一因となったことは間違いないでしょう。長引く自粛や経済活動の停滞、困窮に対する不満や怒りの矛先がアジア系住民に向けられているのです。

多くの日本食レストランやお店が並ぶリトルトーキョー近くの東本願寺でも放火事件が起きています
多くの日本食レストランやお店が並ぶリトルトーキョー近くの東本願寺でも放火事件が起きています

アジア系と言っても、アメリカには中国系や韓国系、日系人にフィリピンやタイ、ベトナムなど多種多様のアジア系民族が暮らしています。中国ウイルスなら中華系だけが狙われるだろうと思われがちですが、大半のアメリカで暮らす人々には、中国人なのか韓国人なのか日本人なのか区別することは難しく、見た目から「アジア人」という一括りで扱われることが一般的です。筆者も歩いていて「ニイハオ」と中国語で話しかけられたことは一度や二度ではないですし、韓国のレストランに行けば普通に韓国語で話しかけられます。

そんなアメリカでは、「日本人だから安心」ということはまったくありません。実際、筆者の周囲の日本人の間でもスーパーマーケットで買い物中に差別用語を言われたという話や、ナイフを見せられたといった物騒な話まで聞きます。筆者自身は幸いそのような経験はしていませんが、それでもここ最近は出かける際には普段以上に気をつけるようにしており、外出する時間帯や場所を考えることが増えています。散歩中も怪しげな人のそばには近寄らない、目を合わせないなど、最低限の自衛策をとるようになりました。

現在のリトルトーキョーは日系人だけでなく、様々な人種の人たちが行きかう姿が見られます
現在のリトルトーキョーは日系人だけでなく、様々な人種の人たちが行きかう姿が見られます

コロナ禍が始まった当初は、友人・知人の間で「ステイセーフ(無事でいてね)」というのがあいさつ代わりだった時期がありますが、最近また同じアパートの住民から出がけに「ステイセーフ」と再び声をかけられるようになり、その現実にアジア人の自分は外に出ると危ないんだと少なからず恐怖を覚えたこともあります。

アジア系へのヘイトクライムはコロナ禍が発端となって起きているようにも見えますが、実際にはこれまでは事件が起きてもほとんど報道されることはなく、被害者が声を上げて抗議することもなかっただけのことで、かなり昔から存在していました。そして、たまたまコロナがきっかけでその数が急増したことからようやく世間の注目を集めるようになったのです。日系人の高齢者たちに話を聞くと、「差別は今に始まったことではない」とみんな口をそろえて話しますが、第2次世界大戦中には12万人もの日系人が迫害を受けて強制収容所に収監されています。日系人の歴史を展示するLAのリトルトーキョーにある全米日系人博物館では「JAP(ジャップ)」と呼ばれて差別を受けた人々の記録も多く残されており、あからさまな差別を受けた体験談を語ってくれるボランティアもいます。

日系人の歴史が展示されている全米日系人博物館
日系人の歴史が展示されている全米日系人博物館

また、不景気に苦しんだ80年代には対日赤字の増大や、日本の自動車やハイテク製品の追い上げが原因でジャパンバッシング(日本叩き)が起き、反日感情が高まった時期もあります。そしてその当時からアメリカに住んでいるアジア系の人たちの多くは日常的に何かしらの差別を受けたことがあり、差別を受けることは特別なことではないという感覚を持っている人も少なくないと言われています。

アトランタの事件を受けて行われた抗議デモに参加した韓国系カナダ人の女優サンドラ・オーは、「私たち(アジア系)が恐怖と怒りの声を上げるのは初めて」とスピーチしていましたが、どちらかというとアジア人は他の人種に比べて声を上げることが少ないことからこれまで表に出ることは少なかったという背景もあるようです。

リトルトーキョーにあるアメリカと日本の文化の統一と友好を記念して1981年に建てられた「フレンドシップ」の像
リトルトーキョーにあるアメリカと日本の文化の統一と友好を記念して1981年に建てられた「フレンドシップ」の像

アトランタの事件では、犯行動機について「バッドデイ(ついてない日)だった」と記者会見で語って大バッシングを受けた保安官自身も、過去にSNSでアジア系に対する人種差別的な投稿を行っていたことが発覚しており、差別は特別なことではないのだということがよくわかります。事件後からアジア系住民の間では、「イライラしたからアジア人が6人も殺されたの?」「6人も殺されてたまたまだったというの?」と抗議の声が上がっており、多くの著名人も動機はアジア系へのヘイトであることは間違いないとメディア等でコメントしていますが、捜査する側の人間がこうした考え方を持っていた場合は「単なる偶然」として処理され、ヘイトクライムとして扱われないケースも多いことが今回の事件を通じて改めて分かったことの一つでもあります。

これまで声に出さず我慢してきたアジア人たちも、ようやく今、声を上げ始めています。アジア人の多いLAはもとより、全米各地で抗議デモが行われ、大勢のアジア系住民たちが一致団結して差別や暴力反対を訴えています。また、BTSがツイッターで「人種差別や暴力に断固反対する」と声明を発表するなど、アジア系セレブやアーティストたちもSNSで「#Stop Asian Hate(アジア系へのヘイトを止めよう)」と投稿して差別反対を訴えており、共に闘う姿勢を示して多くのアジア系住民を勇気づけています。(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」、写真も)