ここロサンゼルス(LA)は、大都会ながら周囲を海や丘、山に囲まれているため、自然豊かな土地でもあります。そんなLAの市街地では、野生動物が多く暮らしています。筆者の自宅周辺でも昨年、夜間にコヨーテが出没して目撃談が数多く出ていましたが、住宅街で野生のスカンクやアライグマ、オポッサム(有袋類に属する見た目がネズミとアライグマを混ぜたような動物)を見かけることも珍しくありません。自宅の裏庭など敷地内で飼い犬や猫がコヨーテに襲われるなどのニュースも良く聞かれますが、最も恐れられているのはピューマやクーガなどとも呼ばれるマウンテンライオンです。

盛大に行われたP-22を追悼するイベント(写真は非営利団体が運営するインスタグラムp22mountainlionより)
盛大に行われたP-22を追悼するイベント(写真は非営利団体が運営するインスタグラムp22mountainlionより)

マウンテンライオンとコヨーテはどちらも肉食動物で見た目も似ているので混同されがちですが、マウンテンライオンは最大で体長2メートル、体重70キロほどの大きさになり、小動物だけでなく、鹿や羊、人間を襲うこともあります。そんな猛獣の1頭が、10年ほど前からLAの観光地としても有名な広さ約1800ヘクタールを誇る全米最大級の市営公園「グリフィスパーク」に住み着き、人気者となっていました。

ウォールストリート・ジャーナルに掲載されたP-22の特集記事(電子版より)
ウォールストリート・ジャーナルに掲載されたP-22の特集記事(電子版より)

推定年齢11歳前後の雄で、「P-22」と識別名が付けられていたこのマウンテンライオンは、LAを見下ろす丘の上に設置された巨大な「ハリウッド」サインの周辺を歩く姿が度々目撃されたことから「ハリウッド・キャット(ハリウッドの猫)」の愛称で親しまれ、パパラッチにも追われるほどのセレブになりました。

P-22は、高級住宅地マリブ近郊のサンタモニカ山脈で生まれ、そこから全米一交通量が多いとされる10車線もある2つの主要高速道路を横断し、グリフィスパークにたどり着いたと言われています。ナショナルジオグラフィックが撮影したハリウッドサインの前を堂々と通り過ぎる姿が話題となり、野生動物保護活動家の間では「クーガ界のブラッド・ピット」と呼ばれ、インスタグラムのアカウントも立ち上がるなどLAの人々の間でアイコン的存在になっていました。

2013年にナショナルジオグラフィックが撮影したハリウッドサインをバックに歩くP-22の写真
2013年にナショナルジオグラフィックが撮影したハリウッドサインをバックに歩くP-22の写真

しかし、昨年12月に車にひかれたことが原因とみられる大けがと、それとは別の病気により安楽死させられたことが明らかになり、深い悲しみに包まれていました。2012年に追跡用のGPSが付いた首輪が装着され、行動を監視されていたP-22は、その少し前から行動が不安定になっていたため捕獲され、頭や内臓に重傷を負っていることが判明し、サンディエゴ動物園サファリパークの医療チームの判断で安楽死させられたと伝えられています。

P-22は、1度民家の軒下に立てこもり話題になったこともありましたが、10年間にわたってグリフィスパーク周辺で野生として人間と共存しながら暮らしていました。しかし、昨年11月に近隣住民のペットのチワワを襲ったことが発覚。本来なら人間にとっては敵となる猛獣ですが、アンチヒーローとして愛されたP-22の死は、多くの市民を悲しませました。P-22にインスパイアされたTシャツやグッズが販売され、地元の人気ブルワリーでは「マウンテンライオンP-22」と名付けたビールも登場するなど、市を挙げて追悼ムードが高まり、ハリウッドの大通りにある著名人の名前を刻んだ星型プレート「ウォーク・オブ・フェーム」にP-22の名を刻むよう求める声も上がっています。

LAで人気のエンゼルシティ・ブルワリーが発売したP-22にインスパイアされた地ビール(エンゼルシティ・ブルワリーのHPより)
LAで人気のエンゼルシティ・ブルワリーが発売したP-22にインスパイアされた地ビール(エンゼルシティ・ブルワリーのHPより)

そんな中、4日にグリフィスパーク内にある野外劇場グリーク・シアターで、P-22を追悼する無料イベントが行われ、5900席がわずか2時間で完売。映画「スーパー!」(10年)や「MEGザ・モンスター」(18年)などで知られる俳優レイン・ウィルソンが、ステージでオリジナルの追悼ソングを披露するなど著名人も多く参加し、P-22のTシャツを着た参加者たちがその死を悼んでいました。10月22日をP-22の日と制定しているLAでは、P-22のように危険な高速道路を横切ろうとする野生動物を保護するため、サンタモニカ山脈を分断する高速道路の上に陸橋を建設する計画が進められています。(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」)