「大回り乗車」って耳にしたことがありますか? 鉄道ファンでないと意外と知らない人が多いものです。分かりやすくいうと「1駅分の運賃で、まる1日鉄道旅が楽しめる」という制度(写真〈1〉)。なんて素晴らしいんだ、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実際はそんな生やさしいものではありません。そして正確に言うと「制度」でもありません。ただ大みそかから元日にかけては、2日も「楽しめる」年に1度の特別な日ともなっています。簡単ではありますが、年末のこの時期だからこそ大回り乗車について説明します。

〈1〉最低運賃の乗車券が長距離切符に変わる
〈1〉最低運賃の乗車券が長距離切符に変わる

都会の路線では、目的地まで複数のルートがあったりします。中には東京から高田馬場に行く際の中央線で新宿乗り換えか、山手線内回りかのように、どう行っても早さが変わらない、というケースもあります。加えて早い遅いよりもホームの移動が面倒だとか、座りやすいのはどちらかとなると話が複雑に。切符を売るJR側に至っては、もっと面倒です。窓口や券売機で、いちいち「○○経由の場合は○○円」などと10円単位のためにやっていてはキリがありません。

ということで国鉄時代にできたのが「大都市近郊区間」の制度です。定められた区間については、どのような経路で行こうと旅客の自由で運賃は同じというもの。「選択乗車」のひとつで、結果的に最短距離の運賃となります。現在は仙台、新潟、東京、大阪、福岡の5カ所に設定。どの地域も路線図を見ると、いろいろなコースがありますね。

延々と説明してきましたが、ここでようやく大回り乗車の出番です。山手線で東京と有楽町は1駅で料金は140円ですが、大都市近郊区間の制度では、ぐるり逆回りしても140円なのです。これを拡大解釈していくと、1駅分の運賃で、まさに大回りが可能に。特に東京、大阪の2カ所はエリアが広いので多くの旅程を設定できます。

ただし大回り乗車には守らなければならない(一)同じ駅、同じ線路を2度通ってはいけない(二)途中下車はできない(三)切符の有効期間は終電まで-3つのルールがあります。大都市近郊区間は拡大の一途をたどっていて、東京については福島県のいわきから長野県の松本までが設定されていますが、八王子から中央線を西に進んでしまうと、同じコースを戻ってくるしかなくアウト。また通常は100キロ以上の切符は途中下車ができるのですが、大都市近郊区間内ではできません。エリア内には無人駅にも存在していて、いかにも外に出られそうですが残念。無人駅は列車の扉が改札とみなされるのでホームに降りることすらできないのです。

〈2〉東京近郊区間の最長大回りの出発となる北小金駅
〈2〉東京近郊区間の最長大回りの出発となる北小金駅
〈3〉北小金駅の駅名標
〈3〉北小金駅の駅名標

ずいぶん途中下車にこだわるようですが、これ超重要。だって空腹には勝てませんから。そんな事情もあって以前の大回り乗車は、ごく一部の方が、ごく一部の距離でしかチャレンジしないものでした。駅そばか売店のアンパンぐらいしかなかったのですから。でも今は違います。エキナカができて飲食店の種類が増えた。また駅の売店もコンビニになっていて、いろいろなものを買えます。もっとも都心から離れた駅には何もないのですけど。

もうひとつ、これは心にとどめておいてほしいのですが、おそらくJR各社は大回り乗車という行為を快く思っていません。そりゃそうです。あくまでも制度の死角をついたものであって、本来、数千円する距離を130円や140円で乗られてしまうのですから。最近は鉄道を取り上げたテレビ番組が多く制作されていますが、大回り乗車を扱った番組をほとんど見かけないのは、つまりそういうことでしょう。それゆえ、変に駅員さんともめないためにも自らの経路をあらかじめ紙に書いて持参することをおすすめします。中間改札のある駅では大変役に立ちます。

〈4〉最長大回りのゴールとなる馬橋駅
〈4〉最長大回りのゴールとなる馬橋駅
〈5〉馬橋駅は流鉄流山線の乗換駅でもある
〈5〉馬橋駅は流鉄流山線の乗換駅でもある

さて年末にこの原稿を書いているのは、大みそかが大回り乗車の重要日だから。前述のルール(三)です。大みそか深夜は多くの路線で終夜運転が行われるため、大みそかに買った切符の有効期間は元日の終電までになる「特典」が生まれるのです。

エリアが広い東京の最長大回りは常磐線の北小金(写真〈2〉〈3〉)から馬橋(写真〈4〉〈5〉)までなのですが(2駅というのがミソ)、これはあくまでも机上の理論。1035キロという東京から新山口より長い、この距離はとても1日では回れませんが、大みそかのみ可能になるのです。そのため大みそか早朝の北小金駅にはチャレンジャーが続々と集結するとか。私にはとても、その勇気はありませんが、そういうものがあるということは知っておいて損はないかもしれませんよ。【高木茂久】