「日本で唯一の駅」が存在するのが群馬県を走る吾妻線だ。上越線の渋川から分岐し、大前へと至るこの路線は温泉が多く、早い時期に電化され温泉客、観光客を運ぶための特急も東京から直通する。ただ単線ながら利便性には富んでいるように見える吾妻線だが、終点にはわずかな電車しか来なかったり、冒頭の「唯一の駅」があったりと鉄道ファンならずとも楽しめる路線。その前編です。（訪問は2012年5月）

　

〈1〉上野駅の特急「草津」

出発は上野駅。臨時の特急草津だった。言うまでもなく踊り子号185系（写真1）。5月の時刻表では臨時も含め（臨時特急は運休となった）吾妻線の運用に入っていなかった。今、そろそろ意識して乗っておきたい車両だ。吾妻は「あがつま」と読む。かなりの難読。だが今回の旅はこの後、難読駅は出てこない。目的は別である。

話を8年前に戻そう。その時は終点の「万座・鹿沢口」を目指した。4年前に定期の特急は長野原草津口止まりとなって、ここまでは来なくなっている。また当時は有人駅だったが、現在は無人駅である。無人化されてから訪れたことはないが、立派な改札を持つ高架駅が無人駅になる例は珍しいことではなくなったが、少し寂しいものがある。

〈2〉万座・鹿沢口の駅名標。なにげに海抜が記されている

〈3〉高架駅である万座・鹿沢口の駅舎

降り立つと、いきなりハイライトがやって来る。冒頭にさらりと書いたが、これが駅名標（写真2）。そして駅舎（写真3）。写真を見て何かお気付きのことはないだろうか。駅名に「・」が入っている。我々は原稿を書く際「中黒」とか「中ポツ」とか呼んでいるが、中黒が付く鉄路（レール）のあるJR駅は日本で唯一、ここだけなのだ（※）。

ただ私鉄や地下鉄を含めると中黒入りの駅は各地にあり、今春には京急の新逗子駅が逗子・葉山駅と改名されて仲間入りしたばかり。その意味では、あまり違和感はないかもしれない。しかし北海道から九州まで全国に線路網があるJRグループで唯一ここだけという事実は重い。重いからこそ、遠路はるばるやって来たのだ。もっとも駅名標の写真をパシャパシャ撮る人は他にいなかったけど。

嬬恋村の中心駅で、万座温泉、鹿沢温泉の最寄り駅だが、駅名を付ける際、両者が譲らず折衷案でこのような駅名となったという。だが2つの地名を併記する駅名は新幹線をはじめ全国にある。なぜここだけ中黒が付けられたのかは約50年前のことながら誰も分からないそうだ。ちなみに両温泉とも駅から歩いていける距離ではとてもない。あくまでも「口」なのだ。

〈4〉暑かったので天ぷらそばとビールがおいしかった

〈5〉大前駅はホームに待合室だけの簡素なつくりとなっている

ここでランチタイムとして先を目指す。天ぷらそば＋ビール（写真4）が、めちゃうまかった。万座・鹿沢口の次が終点の大前。そこまで行かなければ吾妻線完乗とならないので、そのための移動だが、あと1駅でどうしてビールになったかというと、この1駅分の本数が極めて少ないからだ（写真5、6）。多くの電車は万座・鹿沢口で折り返す。当時の時刻表でも薄いダイヤだったが、今はさらに減って4往復半しかない（写真7）。終点の1駅手前で大半の運行が終わる不思議なダイヤだが、そこには吾妻線の延伸計画も関係してくる。

〈6〉大前駅の駅名標

〈7〉当時は1日5往復だった

現在の長野原草津口までだった長野原線が大前まで到達し、吾妻線と改称されたのは1971年と比較的新しいが、当時はさらに長野市内までレールをつなぐ予定だった。国鉄の感覚では、バスが入る中心駅はあくまでも万座・鹿沢口で、大前は「とりあえず」だったのだろうか。ただし延伸計画はすでに消え、大前駅の先で唐突に終わるレールがあるのみ（写真8）。小さな待合所があるだけの駅で電車はすぐに折り返してしまう。さすがに次を待つわけにはいかない。折り返し電車に乗ることにした。【高木茂久】

〈8〉線路は駅の先で唐突に終わっている

〈9〉西川原・就実の駅名標

※JRの中黒付き駅名標としては岡山市の山陽本線「西川原」がある。駅名標や構内の表示は「西川原・就実」（駅から最寄りとなる就実学園が駅設置の費用を負担した）だが（写真9）、正式駅名は「西川原」である。また神戸市営地下鉄の「旧居留地・大丸前」（写真10）も中黒が付くが、JR石北本線の「旧白滝」が廃駅となったため、日本で唯一「旧」が付く駅にもなっている。

〈10〉「・」付きの駅が2つ続く