今回の旅の目的地は、長崎県の五島列島である。今年、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」としてユネスコの「世界文化遺産」に登録された「世界遺産」の島。その中でも教会を巡る旅となった。羽田を8時15分の飛行機。長崎空港で小さい飛行機に乗り換えて、五島市の福江空港には11時過ぎ。午前中の到着だった。



五島列島は大小およそ150の島からなるが、ここに立つ教会は50。そして、その中に今回、世界遺産登録されたものもあるというわけだ。

まず訪れたのが、江上天主堂。クリーム色の外壁に水色の窓枠が美しく印象的な建物である。

一緒に回っていた女性記者たちが「まぁ、きれい、かわいらしい」と思わず声を漏らしていたが、優しいたたずまいで、中に入れば、かれんな花の絵が目に飛び込んできた。


クリーム色の外壁に水色の窓枠が美しい江上天主堂
クリーム色の外壁に水色の窓枠が美しい江上天主堂

今回の旅を案内してくれたのが長崎巡礼センターの入口仁志事務局長。

まず、この江上天主堂で、教会を巡る上でのマナーについて注意があった。

「室内の写真は原則ダメです。柱には触らない、窓ガラスにも触らない。柵内、祭壇などには入らない。いいですね」

ピシャリと厳しい口調で伝達される。

そして、

「先ほど、かわいい、きれい…という声も聞こえましたが、私が今回、教会を見に来た皆さんに、一番感じて、また考えて欲しいことは、259年もの間、潜伏キリシタンとして、潜伏せざるを得なかった人たちの、その間の苦悩であり生きざまです」

ここでも、また「ピシャリ」という口調で言い切られた。

かわいい、きれいだけの教会ではない…。それは、世界遺産に認めたユネスコの恐らく思いでもあるのかもしれない。

1614年(慶長19)、徳川幕府が全国にキリスト教禁教令を発布する。それから明治になり1873年(明6)、禁教の高札が撤廃されるまでの259年が「潜伏キリシタン」の時代である。

その間が、神道や仏教を隠れみのにして、ひそかに、それも宣教師が不在の中、さまざまな弾圧に耐え、必死に信仰を守り抜いた時期。

そして、禁教が解けた後、みんなでお金も出し合い、知恵も出し合い、ようやく教会を建てた。それが、彼ら信徒にとってどれほどの、大きな喜びであり、希望だったのか…。そういった思いが詰まった建物だからこそ、簡単に、かわいい、きれいだけでは済ませて欲しくないということだろう。

遠藤周作の名作「沈黙」の中に迫害や拷問に耐える信者たちの苦悶(くもん)のつぶやきがある。例えば

「なんのため、こげん責苦をデウスさまは与えられるとか。パードレ、わたしたちはなんにも悪いことばしとらんとに」

繰り返しになるが、「当時の信徒たちが、どれほどの思いの中に生きてきたか、その思いも、巡らせながら見て回りましょう…」。そういうことなのかもしれない。

この後も、旧五輪教会堂、信徒たちが投獄されていた牢屋(ろうや)跡、全国でも珍しい石造りの頭ケ島(かしらがしま)天主堂などなど…教会を中心に巡る2泊3日の旅は続いた…。ステンドグラスから漏れる優しい光、祈りの声が聞こえてきそうな厳粛な雰囲気…。陽光の中に、おごそかな「美」である。


小高い丘の上から海を見下ろすように立つ旧野首教会
小高い丘の上から海を見下ろすように立つ旧野首教会

そして、旅の最後に訪ねたのが、五島列島のほぼ最北部にある野崎島の旧野首(のくび)教会である。

野崎島は南北約6・5キロ、東西1・6キロ。今はほぼ無人島化して、港周辺には朽ち果てた住居跡が、点々と続く。その一方で野生のシカが駆け回る自然豊かな島として、キャンプ場や学塾村などがあり人気の観光スポットにもなっている。

旧野首教会は、小高い丘を目指し、20分も登ったその先にあった。禁教下で厳しい拷問を受けた島の信徒。禁教令の撤廃後、ようやく1908年(明41)にレンガ造りのこの立派な教会堂を建てた。

住民もいなくなったこの島で、今、この教会は青い空を背負い、青い海を見下ろすばかりだが、出来上がった当時の信徒たちは、どんな思いで、この景色を見たのか。忘れてはならない日本の歴史が、ここにもまたひとつ…。そんな思いで旅を締めくくった。【馬場龍彦】


旧野首協会のある野崎島は無人島化し、野生のシカが駆け回る
旧野首協会のある野崎島は無人島化し、野生のシカが駆け回る

◆「潜伏キリシタン」と「隠れキリシタン」 禁教期にキリスト教由来の信仰を続けたキリシタンが「潜伏キリシタン」。1873年に禁教が解かれた後もカトリックに復帰することをせずに潜伏期の信仰形態をそのままに続けた人たちを「隠れキリシタン」と呼んでいる。


日本3大うどん 絶品「地獄炊き」

【グルメ】 五島のおいしい物といえば、まずは五島うどんだろう。稲庭、さぬきと並び日本3大うどんに数えられることも多い。

つばき油を使用しているため、のど越しはツルツル。さらにコシが強いのが特徴で、それをちょっと硬めにゆであげ、グラグラの鍋から直接取ってアツアツのところをアゴ(トビウオ)だしや生卵を落としたタレにつけてスルスルとやる。これが「地獄炊き」。お土産で買って帰るのもいいが、地元の料理店で、食事の締めに食べるのがまた最高である。

五島列島の名物といえば五島うどんの「地獄炊き」
五島列島の名物といえば五島うどんの「地獄炊き」

種搾りつばき油に

【つばき油体験】 五島列島の特産に、つばき油がある。島に自生するヤブツバキから搾油するのだが、資生堂のTSUBAKIシリーズにも使われるなど品質は高い。そして、その油作り体験も観光客に人気。

ザルいっぱい、1キロのツバキの種を、まず臼に入れ、きねで細かくつぶす。それを10分ほど蒸し、その後、圧搾機で搾って油をとる。1キロからとれるのは300ミリリットル。

きねでつぶすのも、圧搾機に圧をかけるのもかなりの重労働だが、そこが観光体験の醍醐味(だいごみ)でもある。およそ1時間。大人1人1540円、ほかに材料費850円が必要。「つばき体験工房」【電話】0959・55・3219。

ヤブツバキをきねでつぶし、つばき油を作る体験も人気
ヤブツバキをきねでつぶし、つばき油を作る体験も人気

蔦屋カスドース

【お菓子】 平戸で400年の歴史を守っている銘菓が蔦屋の「カスドース」。カスはカステラ、ドースはポルトガル語で甘いの意味。西洋文化とともに渡来した南蛮菓子だが、カステラを糖蜜に漬けて、カリッと揚げてある。一切れがたばこのパッケージの半分ほどの大きさ。厳選された材料だけが使われ、昔ながらの高級南蛮菓子をぜいたくに味わう気分。

昔ながらの南蛮菓子「カスドース」
昔ながらの南蛮菓子「カスドース」