倍率100倍とも聞いていた。「当選のご案内」というメールに目を疑う。迷惑メールに振り込め詐欺。暗躍する悪のせいで「当選」の2文字をストレートに喜べないのが悲しい。師走の金曜日、池袋の夜。忘年会でにぎやかな雑踏の隅に寄り、街灯の下でメールを隅から隅まで読む。どうやら、本物の当選通知だ。「シャンシャンを見られる!」。奇跡が起きた喜びは、じわじわとわいてきた。


パンダの赤ちゃん見学の当選チケット
パンダの赤ちゃん見学の当選チケット

 東京・上野動物園で17年6月12日にジャイアントパンダの赤ちゃんが誕生し、シャンシャンと名付けられた。12月19日からの一般公開に先立ち、WEB申込での抽選が行われた。12月中の希望日程はすべて外れた。倍率100倍にも及ぶといううわさの難関に一度外れたら、またすぐ次の期間に申し込む。しかし混線で、申込画面にたどりつくのでさえままならない。本当に当選する人などいるのか? 疑心暗鬼になりそうだったが、私はその「本当に当選する人」になってしまった。


 日刊スポーツのパンダ担当・太田記者の取材によると「朝一番のほうが起きている可能性」が高いとのこと。それを信じて選び、当選した、新年1月5日の朝一番、午前9時45分枠。9時10分に上野動物園に着くと、すでに数百人が入場券列に並んでいた。「当たった人しか見られないんだって」という声も聞こえる。全員が当選者ではないようだ。それでも朝からこのにぎわい。さすが創業から136年、日本初の動物園は安定の人気だ。


上野動物園は開園前から長蛇の列
上野動物園は開園前から長蛇の列

 入場券を買い、園内に入るとすぐパンダ舎がある。1枚の当選券で最大5名までが観覧可能。1時間帯あたり80名が当選しているようで、最大400名が観覧可能なシステムだ。転売防止のためか、身分証明書による本人確認が行われ、その後並んだ順番に約20人ずつで区切られ、1つのグループになる。園内のモニターで、シャンシャンの誕生からのVTRが流れており、行列に飽きることはない。むしろ期待が膨らむ。時折、シャンシャンがいるはずの壁の向こうから歓声が聞こえる。何が起きたんだ。あぁ、気になる。


シャンシャン観覧に並ぶ人たち(一部加工)
シャンシャン観覧に並ぶ人たち(一部加工)

 見学を終えた人が前方から戻ってくる。絶景かどうか行ってみないと分からない、神奈川・ユーシン渓谷を思い出す。お願いだから感想を言わないで、と願う。ただ、表情は雄弁だ。笑顔に真顔。興奮している人はあまりいない。判断が難しい。そうこうしているうちに「では動きます」と係員からの声で、パンダ舎へ入る。前の20人グループがまだ撮影を楽しんでいる。舎内は上下2段に分かれており、母親のシンシン観覧後列→シャンシャン観覧後列→シャンシャン観覧前列→シンシン観覧前列、とチームごとに4つのエリアを順に進む。1つのエリアで2分。4グループ約80名が同時にパンダ舎に入る計算だ。


シャンシャンとシンシンがいるパンダ舎内部
シャンシャンとシンシンがいるパンダ舎内部

 手前がシンシン、奥がシャンシャン。シンシン後列の時点で、シャンシャンの姿が少し見えた。木に登って、じっとしている。寝ているのか。直前2グループはシャンシャンの顔を見ることなく2分間が終わったようだ。これが怖い。数十倍の倍率をくぐり抜け、どれほど遠くから上野動物園にやって来たとしても、シャンシャンは赤ちゃんだ。いつも起きているとは限らない。木の上ならまだいい。ほとんど見えない場所で寝ていることもあるという。幸運に幸運が重なることなど、あるのか。


興奮のるつぼと化したシャンシャン撮影大会
興奮のるつぼと化したシャンシャン撮影大会

 いよいよ最前列、シャンシャンの御前だ。左手はスマホで動画撮影、右手はデジカメで写真撮影。限られた2分間で最大限の成果を上げたい。「シャンシャン、こっち向いて~」の声に、分厚いガラスの向こうのパンダが呼応するわけはないのだが、シャンシャンがわずかに動いた。それだけで「キャーッ!」と悲鳴のような歓声が上がる。


眠っていると思ったら突然顔を上げたシャンシャン
眠っていると思ったら突然顔を上げたシャンシャン

 動いた、動いた。手上げた。かわいい~。あっ、あっ。伸びしてる~。下りる? 下りる? お尻突き出してる~。アッハッハ!かわいい~!


 そこにいる全員が実況アナウンサーだ。見れば分かることを皆、言葉に出す。シャンシャンの全てがかわいいのだ。私だって、動画を撮っていなければ絶対に声を出した。そんな至福の時間に「観覧時間を終了します。スタッフに続いて、前へ進んでください」のアナウンスが無常に流れ、20人は「あーあ」の大合唱である。腕を上げ、顔を上げ、お尻を突き出して伸びをしたシャンシャンに立ち会えただけでも、幸せだった。


伸びをしてから口を開けた(あくび?)シャンシャン
伸びをしてから口を開けた(あくび?)シャンシャン

 この愛くるしいシャンシャンを産んだ母シンシンが、隣にいる。観覧客の正面にどすんと座り、これでもかこれでもかと笹を食いちぎる。まさに「ザ・パンダっぽい姿」。うん、さすが、分かっている。プロ意識の高さを尊敬せずにいられない。シャンシャンの動きが物足りなくても、シンシンのパフォーマンスに皆、満足して帰れる。母は偉大だ。


母パンダのシンシンは見事なファンサービス
母パンダのシンシンは見事なファンサービス

抽選での一般公開は1月末まで。2月以降は体調を見ながら、見学時間を延長していく予定のようだ。また来たい。今度はもっと親子でじゃれ合う姿を見たい。一挙手一投足で、ストレートに人々の笑顔を引き出してくれるシャンシャン。その無邪気さに、誰もが目尻を下げる。優しい気持ちになる。この世知辛い現代に、生まれるべくして生まれてきてくれたのかもしれない。【金子真仁】