長い1年だった。昨年12月からアマチュア野球担当記者を拝命。全国津々浦々行けるといいなと妄想していた。蓋を開けると岩手、岩手、またまた岩手。いや、岩手県の風土は本州屈指で、運転しているだけでも楽しいのだが、毎週末のように訪れ終盤はさすがにマンネリだった。


大船渡高校・佐々木朗希投手を追いかけること、半年間で約25000キロ。韓国では160キロで飛ばすタクシーにも乗った。さすがにリフレッシュしたい。北ではなく、南へ行きたい。できれば財布に優しく。できれば未踏の地。いい場所があるではないか。鹿児島・奄美大島。成田空港まで行くのは少々大変だが、成田からなら格安で奄美へ飛べる。


いざフライト。いつものように窓側。成田から奄美。ずっと海の上を飛んでいくのに、ずっと窓の外ばかり眺める変な客と化す。狙いはあった。伊豆諸島。もっと絞るなら、青ヶ島。地図から想像するに、旅人憧れの「絶海の孤島」の上空を通る可能性は十分にあると思った。そして本当に、来た!


成田-奄美便は御蔵島の上空を通過
成田-奄美便は御蔵島の上空を通過

雲間から覗くのは、島の縁にそびえる断崖の山々。海からでは入れない青ヶ島だ。雲で全容が見えないけれど、青ヶ島だ。いつか必ず行きたい。フライト1時間でかなりの達成感。眠気に包まれた。実は青ヶ島ではなく御蔵島だったと知るのは、奄美大島に着いてからの話である(海岸線の形から判断した)。


すっきり晴れてはいないけれど、海は十分に美しかった。奄美に到着。空港を出ると、思っていたよりも牧歌的。サトウキビ畑が見えて、南国を感じる。もう16時過ぎ。このまま島の中心地・名瀬へ向かってもいいが、少し島を回りたい。レンタカーをちゃちゃっと借り、北部を攻める。観光地「あやまる岬」はさしてそそられず、もっと北へ。奄美群島最北端・笠利埼(かさりさき)へ着いた。


奄美群島最北端・笠利埼
奄美群島最北端・笠利埼

標高60メートルほどの丘に、灯台がそびえる。まだ明るそうだし、通常なら何も考えずに灯台への階段を上る。しかし、ここは奄美。奄美といえばハブ。噛みつかれたら致命的。奄美に来たばかりでまだ毒吸引器なるものも買っていないし、医者じゃないので当然血清も持っていない。人里から離れ、いかにもハブがいそうな場所。迷った末に、階段を踏み出した。こんな整備された道さえ行けなければ、奄美に来た意味がない。暴論で己を奮い立たせたが、無謀な論理展開なのは明白で、全ては自己責任の名の下に。


笠利埼灯台への階段を上る
笠利埼灯台への階段を上る

下ばかり見る。ハブはやっぱり怖い。上を向いて歩こう、と鼻歌を奏でながら、下を向いて歩く。リスク回避。失敗を避けるために、最大限の準備をする。社会人になって身に付いてしまった、ロマンのない生き方だ。20~30秒くらい足元を見ずに歩こうかなと思ったりするが、やっぱり気になる草むらのガサガサ音。足早に標高60メートルを進んだ。時折周囲を見ると、なかなかに絵になるロケーションだ。


灯台着。誰もいない。大地の突端を感じる、なかなかいい場所である。海の色は同じ目線の高さでは分からない。見下ろすと、やはり良い色をしている。昭和37年創建、ということは還暦近い灯台だ。人生で一度も縁がなかった土地にも、悠久の歴史があり、人々が脈々とつないできた。地球と歴史のスケールの大きさはいつもだいたい旅の終わりに感じるのだが、今回の奄美では初日からそんな感じであった。


笠利埼灯台からの風景
笠利埼灯台からの風景

さて、日が暮れたらハブ遭遇率はますます上がるだろう。さっさと退散するに限る。下を向いて歩こう…が帰路は奏功した。こんな道を上ってきたのか。本州ではまずお目にかかれないであろう、心にぐっとくる景色がそこにはあった。


ハブの恐怖がなければ素晴らしい景色
ハブの恐怖がなければ素晴らしい景色

ドラクエウォークにはまだ手を出していないけれど、これはリアルなドラクエウォーク。ハブが出ただけで「ひゃあ!」とか腰を抜かしそうな臆病な勇者だが、旅だけは好き。初日夜からしっかりと島名物の鶏飯を流し込み、滞在3時間の時点ですでに奄美に満足しつつある。【金子真仁】