見事さに忘れてしまいがちだが、先述した通り、ここは石窟寺院。岩を削り、部屋をつくり、柱や仏像、石像は後から付けたり置いたりしたのではなく、その場所に掘り進みながらつくっている。設計図みたいなものはどうしたのだろうか。第3窟からは未完成の石窟が続くので、建設過程を垣間見られる。

第3窟からは未完成の石窟が続く
第3窟からは未完成の石窟が続く
石像は、その場所に掘り進みながらつくっている
石像は、その場所に掘り進みながらつくっている

 アジャンターの石窟には大きく2つの様式がある。1つはヴィハーラ(僧院)、もう1つはチャイティヤ(礼拝堂)。壁画が見事だった第1、2窟はヴィハーラで、石窟群にはチャイティヤは5つあるという。第9窟は第10窟とともに紀元前1世紀から2世紀にかけてつくられた前期のもので、最古のチャイティヤだという。ヴィハーラは入り口が簡素でただ入るためだけの小さいものだったが、チャイティヤとなると違うらしい。入り口の岩壁には装飾で施され、窓もついている。窓の周りなどを飾る馬蹄形の彫刻は「菩提樹の葉の形」(ガイド)なのだそうだ。第9窟の中は、窓があるだけにヴィハーラのような暗さはない。奥行きがあり、部屋の両側には柱が並んでいる。もちろん、削り出されたもの。一番奥には「ストゥーパ」と呼ばれる仏塔がある。ストゥーパは元々仏舎利を収めた円い塚で、卒塔婆の語源でもある。前期なのでヒーナヤーナ(上座部仏教)の時代。仏像ではなく、ストゥーパが礼拝の対象だった。「水で流されてあまり残っていない」(ガイド)という壁画も一部は見られた。

「ストゥーパ」と呼ばれる仏塔
「ストゥーパ」と呼ばれる仏塔
第9窟の内部
第9窟の内部

隣の第10窟もチャイティヤ。こちらの方が規模は大きい。アジャンターは8世紀には放棄されて忘れられていた。発見されたのは1819年。東インド会社のジョン・スミスという英国人が虎狩りにきて偶然この谷に足を踏み入れ、最初に見つけたのがこの第10窟だったという。その時に目に入ったのが、第10窟の入り口にある装飾だった。1000年以上忘れ去られていたことになる。

第10窟の入り口
第10窟の入り口

 ストゥーパの前ではお坊さんが礼拝をしていた。よく見ると、両側の柱は八角形のものが多い。壁面や柱には絵が描かれている。傷んではいるが開窟されてから2000年以上たっているとは思えない。床には奇妙なくぼみが並んでいる。「当時のパレットだったと考えられています」とガイド。柱に発見者のジョン・スミスがサインを残しているというが、よくわからなかった。

第10窟のストゥーパ
第10窟のストゥーパ
壁面や柱には絵が描かれている
壁面や柱には絵が描かれている
床の奇妙なくぼみはパレットだと考えられている
床の奇妙なくぼみはパレットだと考えられている

 ここからしばらく未完成窟がつづいた後、第16窟、17窟でまた素晴らしい壁画や天井に出合う。第16窟ではまず天井を見上げたい。梁、といっても掘り出されたもので取り付けられたものではないが、支えているように彫られているのは「昔の労働者」(ガイド)だという。奥には「リラックスした姿の」(ガイド)仏像がある。椅子に座って、足を開いている。日本ではあまり見かけない。足元の穴は賽銭入れだという。

支えているように彫られているのは「昔の労働者」だ
支えているように彫られているのは「昔の労働者」だ
壁画は仏教説話が書かれている
壁画は仏教説話が書かれている
仏像は、椅子に座って足を開いている
仏像は、椅子に座って足を開いている

 第17窟の壁画は保存状態がいい。まず、ここでも入り口の天井を見上げよう。植物と思われる絵がきれいに残っている。窟内には釈迦の物語「ジャータカ」を中心に描かれているそうだ。第1、2窟に比べると少し明かりがあるのだが、奥に進むとやはり暗い。釈迦が僧になって最初に托鉢に行ったのは自分の家で妻子からだったという絵が印象に残る。このあたりは後期窟になる。

第17窟の壁画は保存状態がいい
第17窟の壁画は保存状態がいい
窟内には釈迦の物語「ジャータカ」を中心に描かれている
窟内には釈迦の物語「ジャータカ」を中心に描かれている
僧になった釈迦が最初に托鉢に行ったのは自分の家で妻子からだった
僧になった釈迦が最初に托鉢に行ったのは自分の家で妻子からだった

 チャイティヤで入り口の彫刻がたぶん石窟群の中でも一番きれいだと思われるのが第19窟。中も太い柱が両側に並び、その上にはびっしりと細かな彫刻が施され、アーチ状の天井と相まって完成された感じがする。「ここの彫刻が一番きれいです」とガイドも推す。奥のストゥーパには、仏像が彫られている。「大乗仏教と小乗仏教(上座部仏教)が合わさったストゥーパと言われます」という。

19窟のチャイティア
19窟のチャイティア
中も太い柱が両側に並び、その上にはびっしりと細かな彫刻が施されている
中も太い柱が両側に並び、その上にはびっしりと細かな彫刻が施されている
奥のストゥーパには、仏像が彫られている
奥のストゥーパには、仏像が彫られている

 さて、最後のハイライト窟は第26窟になる。そこまで未完成窟をチラッと見ながらたどり着くと、入り口正面には仏像彫刻で飾られた壁面。中に入ると、左手に巨大な「涅槃仏」は彫られている。7メートルあり、インドでも最大級のものだという。仏陀の上には天界、下には悲しむ弟子たちが描かれているクシナガルでの仏陀入滅のシーン。奥に向かう回廊にはブッダガヤで悟りを開いたところなどの彫刻もあり、仏陀の総まとめのような印象だ。最奥にはストゥーパが鎮座し、またも足を開いて座る仏陀が彫られている。

涅槃仏」は7メートルあり、インドでも最大級のものだという
涅槃仏」は7メートルあり、インドでも最大級のものだという
奥に向かう回廊にはブッダガヤで悟りを開いた場面の彫刻もある
奥に向かう回廊にはブッダガヤで悟りを開いた場面の彫刻もある
最奥にはストゥーパが鎮座し、またも足を開いて座る仏陀が彫られている
最奥にはストゥーパが鎮座し、またも足を開いて座る仏陀が彫られている

第26窟を出て、歩いて来た方向を見る。こんな山の中、谷に落ちる断崖の中腹にどうして大変な労力と時間をかけて石窟寺院を500年以上かけて刻んでいった。この場所が仏教的に何か特別な場所だったのだろうか。

第26窟付近から見た全景
第26窟付近から見た全景

 テレビで宇宙関連の番組を見ていたら、おもしろい説があった。6000万年前、恐竜を絶滅させたのは巨大隕石説が有力だが、その影響でデカン高原の巨大火山が噴火し、追い打ちをかけたという。アジャンターの岩はその時代の火山岩。恐竜が絶滅して哺乳類が繁栄し、人類が誕生したとされる。壮大な物語がありそうだ。