ただただ岩山を削り、巨大な寺院を造った。しかも、3つの宗教が仲良く混在している。そんな場所がインドにある。2016年、行ってみた。

 デカン高原の中心都市、オーランガバードから車で1時間ほど。駐車場から入り口に向かう。目の前に岩壁が露出している。その岩を掘り進んで作られた寺院は「窟」と呼ばれて番号が振られている。岩壁は南北に約2・5キロ続いているそうで、南側の第1窟~12窟が仏教、13窟~29窟がヒンドゥー教、少し離れた北側にインド独自ともいわれるジャイナ教の第30窟~34窟がある。入ると正面にヒンドゥー教第16窟、もっとも有名な「カイラーサ寺院」がある。

駐車場からカイラーサの入り口に向かう
駐車場からカイラーサの入り口に向かう
スタンバ(石柱)とナンディー堂。後ろが本堂
スタンバ(石柱)とナンディー堂。後ろが本堂

 石の門に入ると、巨大な中庭のようになった空間の中央には本堂(本殿)がある。ホールの周りには1段高くなった回廊が巡らされている。本堂の周りを時計回りに回った。左手の回廊の巨大な柱の奥に「三大河の女神像」がある。ガンジス(ガンガー)、ヤムナー(ジャムナー)、サラスワティ―(サラスヴァティー)の3つの川の女神はワニ、亀、象に乗っている。まずは回廊に上がってみた。回廊には彫刻や小さな堂がいたるところに彫り込まれている。シヴァ神とパールヴァティー神夫妻のくつろいだ姿など「珍しい彫刻」(ガイド)も見られる。シヴァ神が主で、象徴のリンガ(男根)も彫り込まれている。

回廊の巨大な柱の奥に「三大河の女神像」がある
回廊の巨大な柱の奥に「三大河の女神像」がある
シヴァ神とパールヴァティー神夫妻のくつろいだ姿も見ることができる
シヴァ神とパールヴァティー神夫妻のくつろいだ姿も見ることができる

 柱越しに本堂の壁も見えるので、左右を見ながら歩こう。本堂の左側の壁にはインドの叙事詩「マハーバーラタ」の場面の精緻な彫刻が施されている。本堂の後ろに回り込むと、本堂が「山」をイメージしてくくられているのがよく分かる。下には象の彫刻が何頭も並んでいる。本堂の右側に回り込んで回廊を降りる。本堂壁面に今度は叙事詩「ラーマヤーナ」が彫り込まれている。

「マハーバーラタ」の彫刻
「マハーバーラタ」の彫刻
本堂が「山」をイメージしてくくられているのがよく分かる
本堂が「山」をイメージしてくくられているのがよく分かる
「ラーマヤーナ」の彫刻
「ラーマヤーナ」の彫刻

 本堂は高さ33メートルあるという。カイラーサとは、ヒマラヤにあるシヴァ神が住む山。値切って買ったガイドブックなどによると、エローラ石窟群は6世紀から300年ほどかけてつくられたという。仏教窟からつくられ始め、7世紀ごろから並行してヒンドゥー窟、9世紀ごろにジャイナ教窟と造られた。もちろん、重機はないのでいわばノミと槌の手作業。カイラーサ寺院の敷地全体は幅45メートル、奥行き85メートルほど。本堂の高さが33メートルなので、岩山を少なくとも33メートルは掘削したことになる。しかも、本堂をはじめとする堂や、壁面の数々の彫刻、柱なども同時に彫り出していくわけで、誰が、どんな設計図で、何人の手で進めたのだろうか。カイラーサ寺院は150年かけて5000人が作業したといわれるそうだ。

エローラ石窟群は6世紀から300年ほどかけてつくられた
エローラ石窟群は6世紀から300年ほどかけてつくられた
カイラーサ寺院は150年かけて5000人が作業したといわれている
カイラーサ寺院は150年かけて5000人が作業したといわれている

 本堂に上がった。拝殿とナンディ堂に分かれていて渡り廊下のようなものでつながっている。拝殿の柱や壁面には彫刻が施されており、シヴァ神とヴィシェヌ神が主だといい「神たちの物語が描いてあります」とガイド。暗くてはっきりとは見えないのが、字を分からない人たちに向けたものだという。拝殿にはリンガも置かれている。ナンディ堂には、象の彫刻が1頭、置いてある。ナンディとはシヴァ神の乗り物の象で、みんながなでていくのか、背中や頭がすべすべして、黒光りしている。ご利益があるらしいので、なでてみた。

拝殿にはリンガも置かれている
拝殿にはリンガも置かれている
ナンディ堂には、象の彫刻が1頭、置いてある
ナンディ堂には、象の彫刻が1頭、置いてある

 エローラには3つの宗教が共存している。最初に造られた仏教窟に行った。エローラができ始めたのは、ちょうど先に見てきた同じデカン高原にあるアジャンター石窟寺院で活動していた職人が、こちらに移動してきて仏教窟から掘り始めたとされている。仏教窟には未完成窟が多く、ヒンドゥー教が盛んになり、そちらに人を取られたのかもしれない。第16窟カイラーサ寺院を出て、第1窟までさかのぼっていくことにした。「ここが一番きれいです。12のうち11は僧院で、ここだけ礼拝堂です」とガイドに言われて第10窟に入った。確かに入り口の上を飾る彫刻類も見事なもの。中に入ると、クジラの骨格標本の中に入ったような感覚になる。天井の柱のデザイン、アジャンター石窟寺院のチャンティヤ(礼拝堂)と似ていた。当時の主流だったのだろうか。奥には椅子に座って足を少し開いている仏陀の像があった。

入り口の上を飾る彫刻類も見事なものだ
入り口の上を飾る彫刻類も見事なものだ
奥には椅子に座って足を少し開いている仏陀の像があった
奥には椅子に座って足を少し開いている仏陀の像があった

 そこから先はガイドが「自由に行ってきてください」というので、1人で歩き出した。道には「第〇窟」と白い字と矢印の表示がされているが、わかりにくい。第6~9窟は密集していて、どれがどの窟なのかよくわからなかった。たぶん、第6窟から入ったのだが、第9窟は2階建てなのか、つながっていたらしい。仏陀の像が置かれ、そのほかには多少の彫刻はあるのだが、どこも簡素。2階の第9窟の外側にある彫刻が印象に残った。第5窟~1窟はほとんどが未完成のままだった。

第9窟
第9窟
第6窟
第6窟
第3窟は柱と仏像はあったが未完成のまま
第3窟は柱と仏像はあったが未完成のまま

 少し離れたジャイナ教窟には、バスで行く。仏教窟などとは違ってかなり手の込んだ彫刻で飾られ、中でも第32窟は第16窟をモデルにさらに精緻な彫刻があるという。入り口では、まず大きな象が出迎えてくれる。

ジャイナ32窟は、大きな象が迎えてくれる
ジャイナ32窟は、大きな象が迎えてくれる
かなり手の込んだ彫刻で飾られている
かなり手の込んだ彫刻で飾られている

 中には入ると、壁面には開祖マハヴィーラ、ヤクシュ、ヤクシニーという男女の神、修行僧らが彫られている。ヤクシニー女神の胸はみんながさわるのだろう、真っ黒になっていた。ちなみにヤクシュ神は象、ヤクシニー神はライオンに乗っている。ジャイナ教の詳細は他に譲るが、無所有をむねとし、衣類も身につけないことでも知られているそう。開祖は仏陀と同じ時代に生きた人だという。

開祖マハヴィーラの像
開祖マハヴィーラの像
ヤクシュ像
ヤクシュ像
ヤクシニー像
ヤクシニー像

 隣にある第33窟も彫刻類がきれいに残っている。これらも手で掘り出されたものだ。こちらは、たぶん聖人たちの像が多くあり、彩色が残っているものもある。また、壁画も天井や壁に一部が残っている。アジャンターでたくさん見られた壁画は、ヒンドゥー教窟、仏教窟にはなかったように思うが、こちらには不完全だが残っている。アジャンターから移ってきた壁画職人たちは、3宗教窟の中では一番新しいジャイナ教窟で腕を振るったのかもしれない。

彩色が残っているものもある
彩色が残っているものもある
人物画と思われる壁画もある
人物画と思われる壁画もある
彫刻類がきれいに残っていた
彫刻類がきれいに残っていた