トップアスリートやシンガー・ソングライターらが相次いで闘病を公表した「白血病」-。血液のがんであるこの病気の発生率は、年々上昇しているといいます。その病因は不明のケースが多く、検査、治療も長期間に及びます。米国の血液内科マニュアルを独学で修得した、自称「さすらいの血液内科医」、東京品川病院血液内科副部長・若杉恵介氏(48)が「白血病を知ろう!」と題して、この病気をわかりやすく解説します。

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分子を標的にするので、次回に説明する抗体療法も定義的には含まれます。ここでは主に、細胞の増殖に関する因子「チロシンキナーゼ阻害薬」について、お話しします。ちなみに「タイロシンカイネース」がネーティブな発音だそうです。

要は細胞が増える仕組み(増殖シグナル伝導)を止める薬です。前回の「殺細胞」に比べて一般的には体には優しい薬になります。ただ腫瘍に対しても基本は増えなくしているだけで、がんがなくなるわけではないのです。

チロシンキナーゼ阻害薬は、慢性骨髄性白血病における成功が有名ですが、肺腺がんにおけるEGFR(腎臓の機能を表す値)やALK(受容体型チロシンキナーゼ)などにおいても、効果が認められています。またがんゲノム解析により「ドライバー」と呼ばれる増殖因子変異が見つかれば、それに対する阻害剤を見つけて応用することが計画されています。

ただし、がんも必死に増えようとするので、薬の作用部位を変異させたり、別の増殖シグナルを使ったりします。また細胞内のシグナル伝達は増殖のためだけにあるのではないため、不整脈やホルモン異常など、さまざまな副作用を引き起こすこともあります。そして他のシグナル伝達部位にも遺伝子多型という個人差もあり、薬の効果や影響は個人個人においても、細胞においても、千差万別なのです。

現在、最も創薬が盛んで巨額の開発費が投じられている領域ですが、わたし個人的にはおそらく慢性骨髄性白血病における臨床応用が最初で、最高の成果かもしれないと感じてます。他のがん領域においては従来の治療よりも効果はあると思うのですが、治癒につながるのは難しい印象です。あくまで、治療のつなぎと個人的には考えています。ただし、従来の抗がん剤治療に比べれば、非常に使いやすいのは確かです。一方で高額な薬が多いです。

患者さんに、「病気の『鍵穴』に合う『鍵』を探して使います」と表現しましたら「それ、どこの小説から引用したのですか?」と作家の方から言われました。私はオリジナルのつもりでしたが(苦笑い)…。

◆若杉恵介(わかすぎ・けいすけ)1971年(昭46)東京都生まれ。96年、東京医科大学医学部卒。病理診断学を研さん後、臨床医として同愛記念病院勤務。米国の血液内科マニュアルに準拠して白血病治療をほぼ独学で学ぶ。多摩北部医療センターなどを経て、18年から現職の東京品川病院血液内科副部長。自称「さすらいの血液内科医」。趣味は喫茶店巡りと読書。特技はデジタル機器収集。