神プレーに神采配あり-。奇跡が詰まったラストプレーだった。

今季限りで現役を引退する阪神横田慎太郎外野手(24)の引退試合が9月26日、ウエスタン・リーグのソフトバンク戦(鳴尾浜)で行われた。17年に脳腫瘍を患い、後遺症による視力低下の影響で6年のプロ生活を終える決断を下した。そのフィナーレは感動に包まれた。

1点リードの8回2死二塁から中堅の守備に就き、1096日ぶりの公式戦出場となった。その直後、5番市川が中越え適時二塁打を放っていきなり打球を処理した。同点とされて2死二塁。続く6番塚田の当たりは、またしても中堅に飛んだ。横田は果敢に前進チャージしてワンバウンド捕球すると、本塁へノーバウンドのレーザービーム送球。生還を狙った二塁走者を刺して、逆転の危機を救った。

視力は回復しておらず「(打球は)全然きれいに見えずに二重で見え、どこで跳ねているかも分からなくて。けど不思議なんですけど、いつもだったら後ろに下がって捕っているんですけど、前にいけた」。奇跡のラストプレーを6年間の「ベストプレー」と言い切った。

「神様がいてくれたからだと思います」と語ったビッグプレー。その裏には、ベンチで指揮を執った平田2軍監督の神采配があった。当初、球団やトレーナーとの話し合いで横田の出場は「9回2アウトから1人、または1イニング」の守備限定だった。

それでも指揮官は、打順の回りなどを気にしながらも「あれだけ横田を見に来てくれたお客さんが(球場に)入っていたから。9回頭から行くより、8回途中からね。花道じゃないけど、(良い)タイミングはないかなと思っていた」。鳴尾浜には横田の最後の勇姿を目に焼き付けようと、多くのファンが詰めかけた。試合開始前には、異例の右翼席が開放されるほど。同監督は最後を飾る最高のタイミングを、ひそかに図っていた。

横田自身も「全然言われていなくて、ビックリして。9回だと思っていたので、監督にああいう場面で使ってもらえて感謝したいです」と笑顔で振り返った。

入団当時から、その姿を見てきた。1年目は2軍監督だった。「横田は入ってきた時から知っている。ずっと長い付き合いの中で6年間、横田を見てきているから」。1軍チーフ兼守備走塁コーチだった17年2月の春季キャンプ。横田が脳腫瘍と診断される前に頭痛を訴えた時も、当時の中村豊外野守備走塁コーチと一緒になって最初にその異変に気づいた。たくさんの思いが詰まった6年だった。 

引退試合の横田は、一目散に全力疾走で中堅へ駆けていった。「横田がさっそうと(中堅に)行けるところをね…。あいつが定位置に行く時の姿というのは、すごく背中が違うから…」。最後の場面を思い起こす平田2軍監督の表情はどこか、うれしいようで寂しいようだった。【阪神担当 奥田隼人】

引退セレモニーで1軍2軍両ナインから胴上げされる横田慎太郎(2019年9月26日撮影)
引退セレモニーで1軍2軍両ナインから胴上げされる横田慎太郎(2019年9月26日撮影)