記者席を立ち上がりかけて、そのまま動けなくなった。目に焼きつけておきたい光景が三塁側ベンチ前に広がっていた。

その30秒前、中日ビシエドが本拠地ナゴヤドームでサヨナラ弾を決めた。歓喜に沸く竜ナインがわれ先にとホームベースに走りだす。その約10メートル先。三塁側ベンチからも大柄な男が1人、真っ先にグラウンドに足を踏み出していた。

広島大瀬良だった。

10日の中日戦。先発で7回1失点と好投しながら、救援陣が踏ん張れず今季3勝目が消えた。その上、チームは10回裏にサヨナラ被弾。誰よりも悔しいはずなのに、右肩をアイシングしたまま、すぐさま仲間をねぎらいに向かった。

被弾したフランスアが目線を落として帰ってくる。ポンポンと静かに背中をたたく。三塁三好、遊撃上本にも声をかける。最後に左翼からピレラが戻り終わるまで、右腕は先頭に立って仲間を出迎え続けた。

2月の沖縄キャンプ中、大瀬良は言っていた。「まだ『エース』という言葉を全面的に受け入れることはできないです」。本人がまだ認めていない以上そう呼ばないようにしているが、今回のような立ち居振る舞いを見ていると、近々その称号を使ってしまいそうだ。

この日は20年の有観客試合初戦でもあった。敵地にも大勢のカープファンが駆けつけ、球場の左半分は等間隔で赤色が目立っていた。ひいきのチームが負けてうれしい観客はいない。ただ、もしサヨナラ弾直後の三塁側ベンチを偶然にでも目にすることができたファンがいれば、感じるモノはあったはずだ。

完全に明暗が分かれた瞬間。ビシエドがホームベース上で歓喜の水シャワーをかけられる10メートル先にも、目に焼きつけておきたいドラマがあった。その場に立ち会っていなければ、同じタイミングで両方を確認するのは難しかった。

球場に来て良かった。そう思えた、有観客ゲーム1試合目だった。【遊軍=佐井陽介】

プロ野球中日対広島 1回裏、登板する広島先発の大瀬良大地(撮影・森本幸一)
プロ野球中日対広島 1回裏、登板する広島先発の大瀬良大地(撮影・森本幸一)