現場取材歴が長いベテラン記者が、さまざまな角度から「サイン盗み」を考察する。

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つい先日、メジャーに移籍した菊池雄星投手が、帽子のツバに松ヤニなどの滑り止めを付けて投球しているとの報道があった。

「サイン盗み」とは別問題じゃないか、と思う読者もいるだろうが、この一件と「サイン盗み」がなくならない要因は、とても似ている。ひと言でいうなら「違反といっても、みんなやっているじゃない!」に尽きる。

違反投球について補足しておこう。松ヤニやクリームなどを指先に付けて投げれば、リリース時にグリップ力が強くなり、ボールに強い回転をかけられる。しかし、もともとは、すっぽ抜けの投球を減らすための工夫として考えられた行為だ。メジャー球を手にしてもらえば分かるが、とにかく滑る。すっぽ抜ければ、打者への死球は確実に増える。

だから菊池が違反投球をしていると分かっても、対戦チームだったヤンキースの選手たちは「バレるのが悪いのであって、滑り止めをつけるのは問題ない」となる。野手からすれば、ぶつけられてケガをするより、強い球を投げられて三振する方がマシ。投手は文句を言われないのなら、違反投球をして成績を上げた方が得となる。

日本の使用球はメジャー球ほど滑らないが、昔からこの手の違反投球はあった。

ユニホームのどこかに透明な炭酸飲料水を染み込ませ、指先をべとつかせる。髪の毛にクリームをつけておけば、帽子を取って髪をかき上げただけで指先をべとつかせられる。イニングの合間に果物を指先でつまんで食べたり、乾燥するからといってハンドクリームを付けたりしても「たまたま手を拭かなかっただけ」とすれば、そのまま投げられる。

こういった違反投球をしている投手は、日米合わせて少なく見積もっても、半分以上はいるだろう。厳しく取り締まれば、試合時間が長くなる。死球でケガは多くなり、間違いなく四球も増え、試合時間も長くなる。質の高い野球を見せるのがファンサービスとするなら、取り締まりを厳格にすることもできない。

滑らないようにボールの品質を上げれば、値段そのものも高価になる。ただでさえ「お金がかかるスポーツ」とされる野球には、致命傷になりかねない。

サイン盗みは違反投球よりも悪質だが、ベースにはルール違反が「絶対悪」でない土壌がある。だから「みんなやっている」として、ルール違反が頻繁に行われる空気を作ってしまう。

高いパフォーマンスを見せるのは、プロ選手にとっては高額な給料を得るために必要不可欠なもの。ある程度のパフォーマンスを見せられなければ、解雇も待っている。「どうせ打てなくてクビになるなら、サインを盗もうぜ」という心理につながっていく。(つづく)【小島信行】