巨人阿部慎之助捕手(40)が惜しまれながらユニホームを脱いだ。生え抜きでは川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、柴田勲に次ぐ通算2000安打を達成。球界史上20人しかいない通算400号もクリアした。あふれるすごみと人間味を送る。第1回は「究極の1発」。

阿部が令和の日本シリーズの幕を開けた。

10月19日、ソフトバンクとの第1戦。2回1死、千賀の初球。152キロを完璧に捉えた。右中間席に放り込む1発が現役最後の本塁打となった。パ最強の千賀-甲斐のバッテリーを高台から見下ろす一撃。「あのホームランで流れを持ってきたかったけど、なかなかそうもいかなかった」と振り返る。

前日の18日。小学2年の長男成真くんから激励の電話を受けた。

「パパ、明日は千賀選手だよ。お化けフォークに気をつけてね。めっちゃ、すごいからね。ホームラン打ってね」

福岡まで応援に駆けつけた家族の前で、最後の勇姿を見せたい。やや素っ気なく「テレビゲームじゃないんだから、そんな簡単に打てないよ」と返したのとは裏腹に、経験によって培われた自信と現役最後の気迫をみなぎらせた。

直近の対戦は今季の交流戦。2打数2安打の10割。難攻不落のバッテリーに対し「育成からはい上がってきたのはすごい。いい投手だけど、ストライクゾーンに投げずに抑えられる投手はいない。甲斐と千賀と息が合ってる。そこが、逆に狙いどころになる」と臨んだ。育成あがりを見下しているわけではない。打席では関係ない。捕手で最前線を張ってきたからよく分かる。どんな心境で打席に入るか整理した。

戦う前からうろたえては勝負にならない。強気に、前向きに、冷静に。べったりと地に足を着けなければ勝機は逃げる。「『勝ちたい』じゃなくて『負けちゃいけない』が強い。このチームでプレーする宿命だと思ってやってきた」。常勝を義務づけられる中で培った哲学を一振りに込め、1球で仕留めてみせた。

たたき込まれた強者のメンタルは大一番で研ぎ澄まされ、常識をも覆す。平成屈指の死闘と評される08年西武との日本シリーズでも、印象的な1発を放っている。

リーグ連覇を決めた10月10日ヤクルト戦(神宮)で右肩を脱臼。ポストシーズンの出場は絶望的だった。数日後、病院での再検査で医師から「手術したほうがいい。選手生命に関わる。復帰は来季のオールスター後になる」と告げられた。

自由がきかない右肩に問いかければ、診断は十分に理解できた。阿部の決断は理屈じゃなかった。

「俺の体は医学じゃ解明できないことがある。足首だってぐにゃぐにゃだけど、捻挫しない。だから今回も…」

テニスラケットでの“打撃練習”を再開させた。無謀と言われても「俺は間に合うから」と思い込んだ。

奇跡を起こした。負傷から1カ月後の11月6日、シリーズ第5戦。「5番DH」で先発すると、2回の第1打席、初球に涌井からバックスクリーン弾をたたき込んだ。

「みんなが『こうなったらいいな』という願いをかなえるのがプロだと思う」。修羅場の主役には阿部慎之助がいた。(つづく)【為田聡史】

08年11月、西武涌井からソロ本塁打を放つ巨人阿部
08年11月、西武涌井からソロ本塁打を放つ巨人阿部