科学的アプローチを推進するサイエンティスト(科学者)の原点は、感覚的な表現への違和感だった。ネクストベース社の取締役で、同社のスポーツ科学R&Dセンターを総監修した神事努氏は大学野球をプレーしていた頃、指導者の言葉に疑問を抱いた。「例えば『ボールを前で離せ』とか『体の軸で回れ』って非常に感覚的でピンと来なかった。改善がうまくいったのか、いかなかったのか、検証もできない。そこが科学的評価に興味を持ったところです」。データで可視化する必要性を、選手側から肌で感じ取った。

データ解析を行う神事努氏(ネクストベース社提供)
データ解析を行う神事努氏(ネクストベース社提供)

中京大大学院でバイオメカニクス(生体力学)を専攻し、博士号を取得。研究では投手のボールの回転速度、回転軸の角度を数学的に算出し、16年前に執筆した英語論文は世界的に高く評価された。「数値化することで、目標の設定や現在地との差、実際にうまくなったか、なっていないか。測ることのメリットはそれが分かることだと思います」。強い信念を持ち、世界のトップアスリートやプロチームをサポートする。

具体的な数値やデータを読み解くことで、野球の見方や指導の仕方も変わった。一方で、駆け引きやメンタル面など数字だけでは語れない野球の世界もある。神事氏は「例えば試合の流れ。それって本当にあるのかどうか。測定できないものに対して、本当にあるのかどうか。科学の1つの限界かもしれませんけど、検証できない、測定できないものに対して、評価もトレーニングもできない。それが僕のスタンスというか、科学的なスタンスではあります」と言う。人間的な感覚と科学的な視点のバランス。数値ではなかなか答えが出せない未知の領域だ。

それでも、科学的アプローチの進化は今後も続くだろう。神事氏が「心拍数とか打者の目線とか、それはテクノロジーの進歩によって測れるようになるかなと。そうすると評価もできて、トレーニングができるようになる。そういう意味で、緊張とかゾーン状態とか、そういうところの研究は進んでいくんだろうとは思います」と話すように、新たな取り組みが生まれるかもしれない。

スポーツにおける科学の活用は日本でも徐々に普及してきている。「大谷翔平さんも含めて海外のメジャー選手が活躍することで、日本人にもサイエンスへの関心が高まってきているのは確かです。ただ、それを指導に正しく生かすまでには、まだ至っていないかなと思います」。選手だけでなく、指導者にもデータの正しい理解と専門性が必要と説く。「データを使えば、育成や向上のスピードが非常に上がってくる。限られた競技人生しかない中で自己実現するために、選手を応援していきたい」。スポーツ界のさらなる発展を願いながら、研究は続く。【斎藤庸裕】(この項おわり)

◆神事努(じんじ・つとむ)1979年(昭54)、長野県生まれ。07年から国立スポーツ科学センター(JISS)のスポーツ科学研究部研究員として、北京五輪では女子ソフトボール代表の金メダル獲得をサポート。現在は国学院大学人間開発学部准教授、日本野球連盟アスリート委員、株式会社ネクストベース上級主任研究員を務める。