田村藤夫氏(63)は今年もキャンプ地を訪れ、普段はあまり見ない1軍選手の動きに注目した。沖縄・北谷では20年の中日ドラフト1位右腕・高橋宏斗投手(20=中京大中京)のピッチングをブルペンでじっくり観察した。

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まだいいボールと、それ以外で差はあったが、指にしっかりかかった時のボールは素晴らしかった。本格派右腕の典型とも言える球質は、プロ3年目を迎えてさらに大きく進化する予感を抱かせてくれる。

すでにスライダー、フォークの変化球も混ぜており、WBC出場を念頭にしっかり仕上げている感じがする。ここから調整を進めていけば、侍ジャパンの合宿では実戦登板にしっかり間に合う。まだ20歳だ。大舞台で学ぶことも多いだろうし、吸収力もありそうだ。今年の躍進が今から楽しみになってきた。

そして、高橋のピッチングそのものよりも、さらに驚かされたのが、おおらかというか、ある意味鈍感力を備えた強心臓にあった。この日、立浪監督と話す機会があり、そこで、高橋がオリックス山本由伸投手の自主トレーニングに同行させてもらい、山本の野球に取り組む姿勢、考え方、トレーニング方法などいろいろ学んだという話を聞かせてもらった。

ところが、このキャンプ第1クールで、いきなりフォームを山本由伸スタイルにしてきて、周囲を驚かせることになる。立浪監督も驚いたそうで、すぐに高橋を呼び「お前がWBCに選出してもらえたのは、去年のピッチングだったからだ。何でもまねをすればいいということじゃないぞ」と、じっくり話をして、高橋を悟らせたという。

左足をあまり上げず、踏み込む時も左膝がそれほど曲がらないフォームだったという話だ。そして、肝心のボールが明らかに威力が落ち、抜けるボールが多かったという。見かねた立浪監督が、しっかり説明をして、もとのフォームに戻すように促した、ということだった。

こうして立浪監督の話を聞くと、若さ故の無鉄砲さに映る。しかし、高橋はこのいきさつをどう感じているのだろう。直接話を聞ける機会を設けてもらったので、高橋本人に聞いてみた。「監督から言われたんだって?」と話を向けると、高橋はまったくあっけらかんと「はい、そうなんです」と、爽やかな笑顔を見せた。

素直なんだと、その言葉しか浮かんでこなかった。そして、同時に、この素直さならば、立浪監督の苦言もしっかり理解できただろうし、こうやって学んでいけば、それこそ他球団の選手から吸収できることはたくさんあるだろうとも思えた。

まず、いきなり山本由伸スタイルをまねできる器用さにも驚かされるし、やってみようという行動力も20歳らしく感じる。そして何よりも、また元のフォームにそれほど違和感なく戻せる運動能力の高さだろう。

ピッチャーの感覚は繊細なもので、いったん左足の動かし方を変えてしまえば、それは上半身の動きとも連動しているため、1カ所の変更が全体に影響することも多々ある。

監督から注意を受けて、元に戻すとなれば、多少なりとも焦りや「しまった!」というマイナスの緊張感が出て、ちょっとしたパニックになってもおかしくない。WBCが直近に控えているのだから、そういう影響が出ても不思議ではない。

それが反省して、後に引きずらず、さらにすぐに元に戻したフォームで、しっかりしたボールを投げている。山本由伸スタイルではいまひとつだったボールの質も、元通りになっているから、ほっとするやら、若い高橋の器用さに驚くやら、いろんな意味で頼もしい若きエース候補という印象だった。

どのフォームが自分に合っているのか、なぜ山本由伸さんはあんなボールが投げられるのか、そういう疑問から、今回の大胆なフォーム改造に発展したのだろう。そして、自分に合うものを、はからずも再認識するに至ったのは、無駄なトライアルでもなかったはずだ。

屈託なく、等身大の表情で失敗を口にできる高橋は、その精神面もスケールが大きいことがわかった。世界最高峰の国際大会で、この高橋の吸収力が何を見つめ、何をどう自分に生かすことになるのか。今回の教訓から高橋がどう学んだかを、見ていきたい。(日刊スポーツ評論家)