野球手帳

竹原・大久保、困難の先に「サプライズ」名将の指導

<高校野球広島大会:呉港17-0竹原>◇13日◇1回戦◇鶴岡一人記念球場

広島大会で13日、竹原が呉港に敗れた。0-17。5回コールドの完敗だった。

竹原の主将・大久保烈綺内野手(撮影・磯綾乃)
竹原の主将・大久保烈綺内野手(撮影・磯綾乃)

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12日、広島大会の開会式を取材した。竹原は全選手で11人。3年生は大久保烈綺内野手、1人だけだった。入学時に同学年の部員が2人いたが、2年生になるまでに辞めてしまった。

「話は聞いていて、ほんまになったらいいなと思っていました」

今年、思いがけない出来事が待っていた。広島商、如水館を率い、監督として春夏通算14度の甲子園出場の迫田穆成(よしあき)氏が、総合アドバイザーに就任した。

初めてあいさつを交わした6月17日のその日から、大久保は迫田氏がキャッチボールやゴロ捕球といった基本動作を見て、欠点を指摘していってくれたと話していた。

かつて平日の練習時間は毎日3時間だった。だが、練習は集中力が続かないという迫田氏のアドバイスにより、毎日2時間になった。大久保は1年生の時からずっと振る力を付けるために、重いバットで振り続けていたが「軽いバットで調整しないと意味がない」という迫田氏の言葉を受けて、重いバットでスイングした後には軽いバットで振るようになった。

「野球の時は的確なアドバイスをくれて、私生活ではみんなにフレンドリーに話してくれる」と大久保は迫田氏について語っていた。1学年上の先輩が負けた昨夏は辞めようという気持ちがあったが、後輩たちがいるということ、加えて「続けていかんと意味がない」という思いが背中を押した。

この春の大会は、部員が集まらずに出場辞退だった。困難を乗り越えた先に、名将の指導を受ける「サプライズ」が待っていた。

大久保は話していた。「スローイングが安定したのと、バッティングでも前よりヒットが増えた」。目標は「まず目の前の高校に勝ってベスト16」だった。

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16強入りの夢はかなわなかった。だが、短かったかもしれないが、貴重な時間の経験は何にも代え難いはずだ。【磯綾乃】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)

開会式で入場行進を行う竹原の選手たち(撮影・磯綾乃)
開会式で入場行進を行う竹原の選手たち(撮影・磯綾乃)

 野球をこよなく愛する日刊スポーツの記者が、その醍醐味、勝負の厳しさ、時には心が和むようなエピソードなど、さまざまな話題を届けます。

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