年の瀬に、いいものを見たなあと、うれしくなった。

東京6大学野球の法大は、15日が今年の練習納めだった。神奈川・川崎のグラウンドでは、まだメンバーに入っていない1、2年生による紅白戦が行われた。記者がネット裏から眺めていると、一塁側ベンチ前で出番を待つ松田憲之朗内野手(1年=龍谷大平安)の元へスタスタと歩いていく長身選手がいた。宇草孔基外野手(4年=常総学院)だ。

「あげるよ」。そう言って、赤白カラーの肘当てを手渡した。「本当ですか?」。松田の顔がパッと明るくなった。さらに宇草は松田と話を続けた。おそらくアドバイスを送ったのだろう。大きくスイングする手本も見せていた。

直後の打席。松田は詰まりながらも、直球を左前に運ぶ適時打を放った。一塁ベース上で、もらったばかりの肘当てを外し、三塁側ベンチ前で観戦していた宇草へ向かってニッコリ笑った。

宇草は先のドラフトで広島から2位指名を受けたバットマン。この日は自主トレでグラウンドを訪れ、たまたま松田の第1打席を見ていた。外の変化球に力ない右飛だった。2人の会話はこうだ。

宇草 1打席目、自分の間でスイングできてないな。

松田 はい。合わせにいってしまいました。

宇草 空振りしていい。自分のタイミングで振りな。

直後に飛び出した適時打に、宇草は「自分のタイミングで振れたから、詰まったけどヒットになる。めちゃくちゃ、いいヒットですよ」と、自分のことのように喜んでいた。

この1年、2人は寮で同部屋だった。リーグ戦中、部屋長の宇草は、その日の自らのプレーを松田に解説してあげていたという。松田は「ヒットが打てない中でも、チームのためにどういう打撃をすればいいか。いろんなことを話してくれました」と感謝は尽きない。

松田は高校通算58本塁打の実績を引っ提げ入寮。身長181センチの大型遊撃手だ。巨人炭谷のいとことしても知られる。だが、1年目は苦しんだ。秋のフレッシュリーグでもヒットを打てず、練習試合を含めても本塁打は1本のみ。「分かってはいましたが、高校とはレベルが全く違いました。投手のキレ。(スピード)ガン以上に体感速度があって、持ち味の思い切りのいいスイングが出来ませんでした」と率直に振り返った。青木監督も「来年から出てくる可能性はある」と期待する素材の持ち主。オフ期間は、素振り中心に振り込むつもりだ。

去りゆく先輩から後輩へ贈る言葉。学生野球の良さは、こんなところにあるのだと思う。肘当てと、金言と、置きみやげを生かしたい。【古川真弥】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)

法大・松田(左)に声をかける宇草(撮影・古川真弥)
法大・松田(左)に声をかける宇草(撮影・古川真弥)