「2敗したわけではない」。指揮官・矢野燿大のセリフを聞いて、あのときと同じだなと思った。

96年6月11日、西武渡辺久信が西武球場(当時)でオリックスを相手に無安打無得点を決めた。イチローがバリバリのときのオリックスだから値打ちがある。思い出したのはそのイチローの言葉だ。

「ノーヒットノーランされたからと言って2敗したたわけじゃない」。あの球場独特の階段を上がりながら悔しそうに言った様子を昨日のことのように思い出す。そういえば日本時間15日は米シアトルでイチローの引退セレモニーだ。

もっと面白かったのは当時のオリックス指揮官・仰木彬だった。試合中に記録阻止のための対策を考えなかったのか? という質問にこう答えた。

「あそこで1本、ヒット打ったからってどうだって言うんや。まあイチローが記録を止めたとか言うんなら別やけどな」。ニンマリ笑いながら、しかし眼光鋭い表情はすごみがあった。

実際、その通りだ。無安打無得点を記録されたからといって、1敗は1敗に違いない。必要以上に落ち込むこともないのはプロなら当然である。

だけどやはりグチを言いたい。あのときのオリックスと今の阪神はまったく違う。あの年、仰木オリックスはパ・リーグ連覇を果たし、指揮官・長嶋茂雄率いる巨人も倒し、日本一に輝いた。同球団の絶頂期だった。仰木がそう笑い飛ばせる力があった。

阪神はどうか。投手が抜群なら打てないのは仕方がない。しかし例えば8回の大山悠輔の二塁悪送球だ。あの場面で、なぜ、あの失策が出る。ミスは常にあるとはいえ、敵味方関係なく締まった試合に水を差すではないか。

もっと言えば偉業を達成した大野雄大その人だ。佛教大時代、阪神も大野をリストアップしていた。京都出身の本人も虎党だった。入団のチャンスは大きかった。しかし痛めていた左肩の不安もあり、阪神は回避した。その後の大野の活躍は言うまでもない。ある球団関係者が「同じ状況で中日は獲得しているのに」と首をかしげていた。

それにしても中日の守備はよかった。いい当たりを次々にアウトにしていった。この日に限れば阪神は完敗だ。1敗は1敗だが、現場もフロントもこの試合から考えなければならないことは多い。(敬称略)