今こそ、笑え。ガッツポーズをつくれ。指揮官・矢野燿大に言いたいのはそういうことだ。最近、なんだか懐かしい思いがしている。モニター画面に映る矢野の表情が常に硬いからだ。言い換えればかなり怖い。現役時代を知る立場から言えば矢野の表情はいつもそんな感じだった。

「捕手は笑えないんですわ。試合中は次の展開がどうなるかは分からない。笑顔をつくって油断するようなことはできないんです。勝っていても最後の瞬間までは笑えない。そう思ってやっていました」

2軍監督だった頃、矢野との雑談でそんな話を聞いた。エンジョイ・ベースボールとはほど遠いところでプレーしていたのだ。解説者になり、野球を見るようになってからもその厳しさは変わらなかったと思う。

変化が訪れたのは指導者になってからだ。現代の若者を指導する難しさを感じ、読書などを通じ、これまでの自分と違う考え方を学んでいく。望むことを先に祝う、口にする「予祝」に代表される前向きさ、表情から実際にいい出来事を呼び込もうということだ。

しかし、そんなに変われるものか。以前にそんな問い掛けをしたとき、矢野はキッパリ言った。「変われますよ」。ならば言いたい。今こそ笑え、と。

打てない、抑えられない阪神だが前日までは課題の守備で大きなミスは出ていなかったように思う。しかしこの日はマルテ、糸原健斗に適時失策が出て、いよいよきつい状況になった。

開幕から4カード連続負け越し。11試合を終え借金7。まったく思うようにいかない。そんな焦りがあるのか。この日は木浪聖也に早々と代打を送り、調子の出ない近本光司に変わって中堅に大山悠輔を入れた。

昨季のAクラス入りに貢献したキナチカ・コンビの表情はこわばっていた。そして采配をふるった矢野の顔も硬かった。厳しい采配でカツを入れる方策はある。それはいい。しかし追い込まれてからのそれはいかにも暗いムードを膨らませてしまう感じだ。

勝っているとき、好調時は誰でも笑える。泥沼のときにこそ明るい表情をつくっていくのが矢野のはずだろう。9回、待望の1発が出たボーアを迎える表情も硬かったように思えた。負けが込んで苦しいのは当然。光明の見えない今こそ笑顔で選手をもり立てていく自身の原点に立ち返るときではないか。(敬称略)