「私の教え子ベストナイン」(光文社新書=13年)という本がある。著者は今年亡くなった知将・野村克也だ。阪神、ヤクルトなどで監督として指導した選手の中からそれぞれのポジションで“ベストナイン”を決める。候補者ノミネートの段階で各選手に注釈をつけているのが面白い。

捕手部門で阪神指揮官・矢野燿大が登場する。99年、阪神監督になった野村はまず捕手の固定を目指した。ヤクルト監督時代、古田敦也を育てたのと同様だ。

当時、野村から見て候補者は矢野、山田勝彦、そして定詰雅彦だったという。熟考の末、野村は矢野を正捕手に起用する。その理由について毒舌の持ち主らしく、こう記している。

「今だから言えるが、矢野を正捕手にすえたのは消去法からだ」

捕手として矢野が抜きんでていたわけではないが3人の中でもっとも打撃が期待できる点に着目したという。「矢野は打撃から入った捕手」だと、野村はとらえている。

そこからリードの指導も始めたと書く。その99年、矢野はプロ9年目で初めて規定打席に到達、打率3割もマークしている。これで正捕手となった矢野が星野仙一、岡田彰布の2人の下で、2度の優勝に貢献したのは言うまでもない。藤本敦士(現内野守備走塁コーチ)との「恐怖の下位打線コンビ」は記憶に新しい。

この日のヤクルト戦だ。阪神が1点をリードしていた6回だ。1死から木浪聖也に2ランが出て盛り上がったが、その直前である。

先頭サンズが出塁すると阪神ベンチは次打者の7番梅野に犠打を指示した。梅野はまずまずの球を転がしたように見えたがサンズの足もあって二塁で封殺。バントは失敗となった。

梅野は2点を追う4回、1死満塁で右翼線に同点の適時二塁打を放っていた。規定打席にこそ達していないが試合前までの打率は3割5分4厘。犠打できっちり…という手はあるだろうが期待できる打者にここは積極的に打たせてほしかった。藤川球児の不在もあって勝ちパターンは未確定。今は点差をつける勝ち方が理想だろう。

持ち味の打撃を伸ばし、そこからリード面も学ばせて、梅野をさらに成長させていく。捕手出身の監督としてゴールデングラブ捕手を気分よくレベルアップさせ、同時にチームも上昇させてほしい。そう思っている。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

阪神対ヤクルト 4回裏阪神1死満塁、梅野は右線に適時二塁打を放つ(撮影・加藤哉)
阪神対ヤクルト 4回裏阪神1死満塁、梅野は右線に適時二塁打を放つ(撮影・加藤哉)