「頼れる男」になった主将が、下関国際(山口)を初優勝に導いた。9回裏2死一、二塁と一打同点のピンチ。空振り三振に仕留めた植野翔仁(しょうと)投手(3年)の元へナインが駆け寄り、歓喜の輪を作った。春夏通じて初の甲子園出場。あの「頼りなかった」キャプテンが、1点差ゲームを逃げきって見せた。

 植野主将はヒーローインタビューで言った。「自分を信じてしっかり投げました。みんなが支えてくれた」。先制しても追いつかれ、6回に勝ち越したが、8回に1点差に詰め寄られた。「何回になっても投げるつもりだった」。最後はスライダーで空振り三振を奪った。昨年秋に甘く入って決勝弾を浴びたが「制球力を磨いた」。外角低めにしっかり投げきって、一昨年に決勝で敗れた先輩たちのリベンジを果たした。

 1度だけ、心が折れた。今年2月、練習中に逃げ出してしまった。「主将として引っ張っていけない自分が情けなかった」。約6時間後、自宅に戻った後、坂原秀尚監督(40)と家族で話し合った。坂原監督から「今は苦しいだろうが耐えなさい。いつか報われる」と説得され立ち直った。「監督さんには感謝しています。監督さんを甲子園に連れて行けてうれしい」。春から朝4時半に学校に行き、8キロのランニングが日課になった。この日スタメンでは3年生が2人しかおらず、2年生をまとめるのに苦労した植野だったが「仲間を信じることができた」と最後は一丸となった。

 相手の宇部鴻城の最後の打者は、小学生時代ソフトボールチームでバッテリーを組んだ百留佑亮(ゆうすけ)投手(3年)だった。試合後「ありがとう」と声をかけ「あいつの分まで甲子園で頑張る」。新チームではずっと背番号10だったが、夏頂点の成長のご褒美として甲子園ではエースナンバーを背負う。【浦田由紀夫】