昭和最終年の金足農の記憶 平成最終年でも鮮明

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<カナノウを語ろう(5)>

やってくると思っていた。準々決勝、近江戦のサヨナラ機。予想通り、お家芸のツーランスクイズが決まり、胸のすく思いだった。

勝負どころで必ず抜く「伝家の宝刀」。成功も失敗も見たが、今でも鮮やかによみがえる記憶がある。

30年前の秋、秋田県大会準決勝の秋田経法大付(現明桜)戦、決勝点はツーランスクイズだった。近江戦と同じく三塁前に転がした。三走がヘッドスライディングで同点とした。カメラのファインダーをのぞくと、二走が勢いよく三塁を蹴り、頭から突入してきた。一塁手からの送球を捕手がミットだけでタッチすると、球がスルリと抜けた。生還が認められ、逆転勝ちした。球が宙に浮いた写真は翌日の東北版に載り、当時の嶋崎久美監督に「ニッカン、見たよ」と、感謝されたことを覚えている。

敗れた秋田経法大付は翌89年、平成最初の夏の甲子園でベスト4まで進出した。「あの写真を見て、夏こそ出ようと皆で誓い合いましたよ」。同年夏、兵庫県宝塚市の宿舎で当時の古谷孝男部長から耳にした。

平成最後の100回記念大会で、今度は金足農が準優勝。昭和最後の年に見た決勝ツーランスクイズは、30年の時を超えて雑草軍団に継承されていた。これぞ伝統であり、永遠に語り継がれる秋田の高校野球史の1ページだ。【86~89年・東北6県担当・赤塚辰浩】

 

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