神戸弘陵は島野愛友利投手が、聖地でも胴上げ投手になり「甲子園で優勝することを目標にしていた。チームとしても個人としても本当にうれしい」と喜んだ。中学時代、大淀ボーイズで「全日本中学野球選手権大会ジャイアンツカップ」で優勝し、東京ドームで女性初の胴上げ投手になった。2人の兄も大阪桐蔭、履正社で甲子園に出場しており「仲間にも、この場所を与えてくださった方々にも感謝の気持ちでいっぱい」と話した。

◆甲子園と女性 08年センバツの甲子園練習で、華陵(山口)の高松香奈子外野手(当時3年)が、女子部員として史上初めてユニホーム姿で登場。ベンチでタイムキーパー役などを務め、試合ではスタンドから応援した。16年夏には大分のマネジャー首藤桃奈さん(当時3年)が練習を手伝ったが、大会関係者から制止され、グラウンドから出るよう指示を受けた。当時は出場校へ配布された手引に練習補助員とボールボーイは男子部員に限るとの記載があった。女子が記録員としてベンチ入りが認められたのは、96年夏の甲子園。東筑(福岡)の三井由佳子さんをはじめ同夏は9校の女子マネジャーがベンチ入りした。女性部長として初めてベンチ入りしたのは、95年夏の甲子園での柳川(福岡)の高木功美子さん(当時39歳)だった。