<甲子園中止…球児に伝えたい言葉>
日本高野連と主催の朝日新聞社は20日、第102回全国高等学校野球選手権大会の運営委員会をWEB会議で行い、8月10日から開幕予定だった甲子園大会の中止を決定した。
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目標が消え、心折れただろう球児に、かける言葉は見つからない。なんの支えにもなれないが、ひとつだけいわせてもらう。「ここで野球まで嫌いになるな。これからもずっと続けていこう」。
「大人の事情」で甲子園をフイにした1人の投手の話を書く。1939年(昭14)夏、帝京商(現帝京大高)は東京大会に優勝しながら、無資格選手の存在を問われ、出場を辞退した。「フォークボールの神様」と呼ばれる杉下茂氏(94)が当時の1年生部員で、そのターゲットになった。
帝京商入学から2カ月、毎年6月に開かれた東京の高等小学校大会に借り出された。3月まで在籍した一ツ橋高等小学校の申し入れを、帝京商が受けた。高等小学校の在籍を大会まで延ばす形で出場した。13歳の杉下少年は事情を知らなかった。「子供だからいわれる通りですよ。優勝したあとに退学届を出し、帝京商に復学したと思います」。
1カ月後、甲子園を目指す東京大会のベンチにいたのを目撃された。辞退した後は居場所なく、登校を拒否する生徒になっていた。「学校も野球もイヤになってねえ。朝、家は出るんですが、学校に行かず山手線に乗ってグルグル回っていました」。欠席が続いて母親が学校に呼び出され、こんな結論が出た。「先生の目の届くところに置いてもらう。毎日、最後まで練習するということです」。野球部に戻った。逃げ出したままなら、後の「神様」は存在しなかった。
102回目の甲子園は消えたが、練習が許されたなら仲間とグラウンドに出て思い切りバットを振り、ボールを投げてほしい。勝敗とは別の、野球の楽しさが実感できるかもしれない。その思いを大事に、野球を続けてもらいたい。【米谷輝昭】