夏の甲子園と各地方大会の中止決定から一夜明けた21日、帝京長岡では、帝京(東京)から転校してきた主将の吉田行慶投手(3年)と浦和学院(埼玉)から転校の西村俊亮捕手(3年)が現実を受け止めた。
転校生の参加資格により、2人の公式戦出場は今春から可能だったが、春季大会に続き、夏の大会も中止となったことで帝京長岡のユニホームでの公式戦出場の機会が喪失した。2人は次のステップに向けて気丈に前を向いた。
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湧き上がる悔しさを、吉田は無表情で胸の内に押しとどめた。西村はこぼれる涙をぬぐおうとしなかった。「夏の甲子園は中止になった」。芝草宇宙監督(50)の言葉に、夢の終わりを実感した。
「帝京長岡のユニホームを着て甲子園を目指す機会が1度もなかった」。20日の中止決定は報道で知った。現在は自主トレ中で部員が集まることはないが、21日は芝草監督が直接選手に伝えるため、室内練習場に集合した。「甲子園がなくなってしまった」(吉田)。「県大会を勝ち抜くことが目標だった」(西村)。目指していたものを失ったショックを感じた。
転校生の参加資格により吉田は昨年はスタンドから観戦。新チームでエースと主将を任され、けん引役を自覚していた。父は日本文理OBで千葉ロッテ、阪神でプレーした篤史氏(49=四国IL徳島監督)。中止決定後、父に連絡をした。「人生には不運がいくつかある。それを乗り越えて上を目指せ」。アドバイスを聞き気持ちを切り替えた。
「行慶とのバッテリーで試合がしたかった」。西村は浦和学院では公式戦出場はなし。帝京長岡でラストチャンスにかけていた。甲子園を目指すグラウンドに1度も立てなくなった悔しさが涙になって表れた。
ともに大学で野球を続けるつもりだ。県高野連は独自大会開催の可能性を探っている。2人は言った。「試合の場があれば、そこに全力を尽くす。その先、今度は上(大学)で日本一を目指す」。自分ではどうにもできない状況で夢は途絶えたが、野球人生は終わらない。気丈に新しい目標を見据えた。【斎藤慎一郎】
芝草監督は「3年生のためにもなんとか試合の場をつくってやりたい」と明かした。県高野連から独自大会開催についてのアンケートが届いた。「もし県大会だけでもあれば『準決勝までを新潟で行って決勝だけ甲子園で』と考えたりもした」と、選手が活躍できる場について思案していた。
18年に帝京長岡の外部コーチに就任し、今春から監督に。コロナ禍はSNSで選手と連絡を取り合い、コミュニケーションを取ってきた。自身の初采配の場は遠のいた。それでも「自分のことは忘れていた。今はとにかく選手の気持ちを何とかしなければ。区切りをつけさせてやりたい」。指導者として責任を果たすために知恵と力を絞り出す。
◆転校生の大会参加資格 高野連の規定では、転入した日から満1年を経過すれば大会参加可能になる。学区制の変更、学校の統廃合、一家転住など、やむを得ず転入したとして高野連の承認を得た場合や、前在籍校で野球部員として登録されていない場合は、転入した日から参加資格が認められる。