東北高監督時代にダルビッシュらを育てた名将、若生正広(わこう・まさひろ)氏が27日朝、宮城県仙台市内で、肝臓がんのため死去した。70歳だった。
◆若生正広(わこう・まさひろ)1950年(昭25)9月17日生まれ、宮城県仙台市生まれ。68年、東北(宮城)3年時、夏の甲子園に主将でエースとして出場。法大、社会人野球チャイルドでプレーした後、埼玉栄の監督を経て93年秋から母校の監督に。春5回、夏2回甲子園に導き03年夏は準優勝。04年に退任し05年から九州国際大付(福岡)で監督を務め、11年センバツ準優勝。15年から埼玉栄の監督、19年から総監督。20年春に退任した。