<全国高校野球選手権:日大山形4-3浦和学院>◇21日◇2回戦
浦和学院(埼玉)の吉田瑞樹主将(3年)は試合後、ベンチ前で泣き崩れた。「(1月の)コロナのクラスターもそうですし、甲子園まで連れてきてもらえた監督さんもそうですし、自分たちだけではここに立てなかったので、なんとしても勝利で恩返ししたいという気持ちだった。達成できなかったことの申し訳なさと、悔しさが入り交じった感じです」。
1回2死一塁、初球の低めスライダーにうまく合わせ、中堅のフェンス上部に直撃する先制の適時三塁打を放ち、大きくガッツポーズ。「2死から(3番の)松嶋(晃希)がつないでくれて、初回から点を取ることをテーマにしていたので、それが一番よかった」。3、6回にも二塁打を放った。
第5打席は、1点を追う9回2死満塁で回ってきた。2球目の直球に反応するが、遊ゴロで試合終了。一塁を駆け抜けたところで、うつむいた。「どうしても甲子園の舞台で1勝するのを成し遂げたかった。最後、2死になっても粘り強く自分のところまで回してくれて、どうしても1本出したかったけど、申し訳ない気持ちです」と話した。
捕手で主将、さらに4番。プレッシャーを背負って戦った。今夏で退任する森士監督(57)からは「第2監督」「現場監督」と呼ばれる。主将として、監督の近くで過ごすことも多かった。厳しい監督だが、練習の意図はしっかり説明してくれた。「厳しい言葉もあるけど、説明してくれる。監督の近くで教えてもらいました」。だからこそ、長い夏を過ごしたかった。「今まで一番お世話になった方なので、甲子園の1戦目を勝利できなくて悔しいです」と話した。
東松山南中では軟式野球部に所属。高校から硬式となり、入部して最初の練習では二塁まで送球が届かなかった。
入学当時は、物静かな少年だった。「甲子園に行きたい」「全国制覇をしたい」という目標を掲げて入部してくる選手が多い中で、吉田瑞は「自分を変えたくて来ました」と自己紹介する異色の存在だった。3年を経て、森監督が「立場が人をつくる。堂々としてきた。冷静な分析力もあるし、前に出る強さがある」と全幅の信頼を置くまでに成長した。
森監督は、チームをけん引してきた主将に向けて「一番責任感が強い選手なので、監督代行というところまで信頼の厚い選手ですから、経験を生かして、次の野球人生につなげていってもらいたい」と言葉を贈った。森監督にとって、最後の主将となった吉田瑞樹。浦和学院で過ごした3年間で、確実にたくましくなった。【保坂恭子】
◆しんがり登場校敗退 49代表最後の登場となった浦和学院が初戦敗退(初戦不戦勝の智弁和歌山はまだプレーしていないが記録上は1試合消化済み)。49代表制となった78年以降、組み合わせ抽選時に相手が決まらない「しんがり登場校」はこれで通算11勝31敗1分け