<センバツ高校野球:大垣日大6-1只見>◇22日◇1回戦
奥会津の期待を背負って挑んだ春は初戦で終わった。21世紀枠で初出場した只見(福島)が大垣日大(岐阜)に1-6で敗れた。吉津塁主将(3年)を中心に笑顔ではつらつとプレー。4回には山内友斗捕手(3年)が「甲子園初得点」に導くチーム初安打をマーク。登録メンバー13人全員が出場する「全員野球」で戦ったが1勝は遠かった。只見ナインは今回の貴重な経験を糧に、夏の雪辱を誓って夜の聖地を去った。
福島と新潟の県境にある只見町に歓喜の1勝を届けることはできなかった。5点を追う9回2死。メンバー最後の出場となった佐藤央崇(ひろたか)内野手(3年)が代打で打席へ。カウント1-2から空振り三振し試合終了。敗戦の瞬間をネクストバッターズサークルで見届けた吉津は「すごく短かった。一瞬だった。個人的には悔いが残った」と唇をかんだ。一塁側ベンチ前で大垣日大の校歌を聴くと、選手は全力疾走で応援席に向かった。
試合は2回に2点を先制される苦しい展開。それでもチーム全員が前を向き1球に集中した。センバツ出場が決まった1月。吉津は言葉に熱を込めた。「自分たちのモットーである全力疾走を徹底して、見ている人たちに元気を与えられるプレーをしたい」。
人口約3900人。過疎と高齢化が進む町の後押しを常に感じてきた。日本有数の豪雪地帯で冬季はグラウンドが使えないハンディに屈せず、昨秋は創部45年目で初の県8強。21世紀枠での出場が決まると、町内には祝福の張り紙が飾られた。「山村教育留学制度」で会津若松市から入学した室井莉空内野手(3年)は「(同枠に)選ばれた瞬間は実感がわかなかったが、今まで以上に責任が増えた」と気を引き締めていた。
だからこそ簡単に終わりたくなかった。4回2死一、三塁で山内友が打席へ。応援は最高潮となった。カウント1-1で直球を捉え、打球が右前に弾み、念願の初得点と初安打で1点差に追い上げた。終盤に突き放されたが、全力プレーで戦った選手が試合後に「只見グリーン」で染まった応援席にあいさつすると、惜しみない拍手が贈られた。
春の終わりは夏への始まりだ。今夏には再び甲子園に行けるチャンスがある。だが県内にはセンバツ出場の聖光学院や秋からの巻き返しを期す相手に勝たなければならない。吉津は「打撃では相手投手に何もできず、守備では勝負際で失策があった。すべての面を上げていきたい」。
新チーム移行後から掲げてきたスローガンは「歴史を変える」。真夏に“只見旋風”を巻き起こし、「夏初出場」という新たな歴史を刻んで聖地に戻る。【相沢孔志】
○…一塁側アルプス席は「只見グリーン」で染まった。保護者、只見町民、吹奏楽部のない同校を友情応援した神戸鈴蘭台、東灘(ともに兵庫)の生徒らを含めて約1000人が訪れたという。応援団はバスや飛行機などで球場入り。雨天順延や試合開始時間が当初予定より約4時間遅れたことで、来場を断念した人もいた。同町から車で12時間かけて来場したという大竹雄一さん(82)は「甲子園に来られたのがいまだに信じられない。この先100年は出場することがないかもしれないし、勝ち負けは関係なくプレーを見られることがうれしい」と話した。
○…吉津塁主将(3年)ら只見中OBを指導した渡部兼介監督(33)は、約5時間かけて車で東京まで行き、新幹線で前日21日に関西入りした。自身は相馬高でプレーし、甲子園は何度も夢見た舞台。教え子の雄姿を見届けるべく、駆けつけた。「プレーヤーとしては来られなかったので、連れてきてくれてうれしいです」と声を弾ませた。