<センバツ高校野球:広島商22-7丹生>◇23日◇1回戦
広島商が20年ぶりに甲子園で勝った。制球に苦しむ21世紀枠の丹生(福井)から15四死球を選び、16安打中15本の単打に送りバント、盗塁を絡め、大量22得点。同校の甲子園最多得点を106年ぶりに更新した。伝説の「真剣刃渡り」の映像を、今も新入部員に見せるなど“広商野球”の精神をつなぎ、史上4校目の「4元号勝利」だ。26日の2回戦で大阪桐蔭-鳴門(徳島)の勝者と対戦する。復活へ、1歩を踏み出した。
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ナイター照明の下で、広島商ナインが笑みを浮かべた。02年春以来、20年ぶりの甲子園勝利だ。当時副部長で外野ノックを打った就任4年目の荒谷忠勝監督(45)は「今の生徒たちは生まれてませんもんねえ」。ブランクを埋める1勝に感慨深そうだ。
攻め手を緩めなかった。1回、先頭の田丸が四球を選ぶと2番八幡は送りバント。3番植松主将の中前打で先制した。5回無死一、二塁も8点リードしながら、6番松浦が送った。「甲子園は何が起きるか分からない。相手が諦めるまでやらないと」と荒谷監督。10点リードの7回には、浴口が自己判断で送った。丹生投手陣の乱調で15四死球をもらったが、16安打中15本が単打とつなぎまくった。気がつけば22得点。広島商が春夏通じ初出場した1916年(大5)夏の全国大会。舞台はまだ甲子園でなく、豊中球場。中学明善(福岡)との1回戦で奪った19得点を1世紀以上ぶりに更新する、広商史上最多得点になった。
「広商野球」とは何か。送りバント、機動力、堅守がすべてというアナクロ主義ではない。荒谷監督は「初球からガンガン打てる選手、常時140キロ以上を投げる投手がいたら、やり方も変わります。でも、残念ながら、まだそうはいかない」。時代を見て、指導者が最善の道を選ぶ。ただ伝統はある。1920年代に導入され、以後も度々行われた「真剣刃渡り」。呼吸を整え、日本刀の上に素足で乗る精神修養は今、行っていないが、新入生のオリエンテーションで映像は見せる。伝統があるから、大正からの4元号で勝てた。
植松主将は大勝を素直に喜ばなかった。「勝ったのはいいけど、課題が多い。防げるミスはあった。(7失点もせず)最少失点でいけた」。4元号勝利を先んじた県内の宿敵・広陵もいる。「広陵さんは神宮大会準優勝校。全国の基準を見せてくれる」と荒谷監督。だからこそ、決勝で戦いたい。真の復活はもっと先にある。【加藤裕一】
▽広島商・保川(先発で5回途中4失点)「動揺はしていなかったがチームに申し訳なかった。意外と落ち着いて投げられたと思う」
▽広島商・八幡(走者一掃の三塁打を含む5打点)「結果的に大量得点だが1点1点、1つ1つのアウトを意識した結果です。勝ったときはホッとした。校歌を聞けてうれしかった」
▽広島商・伊藤祐(祖父、父に続く甲子園出場)「気持ちで負けない投球をしようと思っていた。3世代で甲子園はうれしい。自分の力だけではないので周囲に感謝したい」
▽広島商・松浦(17歳の誕生日)「試合前にみんなに、おめでとうと言われました。勝てたのはうれしいけど自分は納得できていない。もっと貢献したいです」
◆4元号勝利 広島商が大正、昭和、平成、令和で勝利。松商学園、高松商、広陵に次ぎ4校目の達成。
◆広島勢がアベック勝利 広陵に続き広島商も勝利。02年に同じ2校が初戦突破して以来、20年ぶり7度目。