世田谷学園、春の出場辞退を乗り越えつないだ絆 1つ1つをこれからの糧に/西東京

世田谷学園対国学院久我山 8回表世田谷学園無死走者なし、中前打を放ち笑顔を見せる小池主将(撮影・藤塚大輔)

<BIG LOSER~敗者にもドラマ~>

<高校野球西東京大会:国学院久我山10-3世田谷学園(8回コールド)>◇17日◇3回戦◇スリーボンドスタジアム八王子

昨夏の西東京4強・世田谷学園は、出場辞退となった春を乗り越えて、夏のグラウンドに立った。

継続試合として迎えた、17日の国学院久我山戦。4点を追いかける8回表、無死走者なし。

主将の小池寛太捕手(3年)は、右腕をたたんでバットを振り切った。打球はしぶとく中前へ。一塁ベース上で、笑いながら手をたたいた。視線の先には、ベンチで声を張り上げる仲間の姿があった。

「試合に出られないメンバーが例年より多い中、最後まで練習を手伝ってくれて…」

コロナ禍で育んできた絆があったからこそ、どんなに点を離されようとも、誰1人として下を向かなかった。

まだ風が冷たかった今年3月。世田谷学園は1試合も戦うことなく、春季都大会の出場を辞退した。学校や部内で新型コロナウイルス感染が拡大したからだ。

試合が無くなり、部活も1週間ほど中断。小池は「春に見返すためにやって来たのに…」と落胆した。何をすればいいのか分からなくなり、心の整理がつかなかった。

そんな時、オンラインミーティングで、同学年の部員と顔を合わせた。

「今日は打撃練習をした」「俺もトレーニングしたよ」

画面の向こうで、仲間は前に進んでいた。それに比べて、自分は何をしているんだろう。「ここでくじけてはいけないと思った」。離れていても、仲間の存在が心の支えになった。

オンラインミーティングは、昨秋の都大会ブロック予選敗退後、現3年生全員で自主的に開き始めた。高校入学と同時に新型コロナウイルス流行に見舞われ、本音で語り合うことがほとんどなかったからだ。

話し合いの場を持つと、控え選手からも本音がこぼれ始めた。「同じ代の投手が投げて勝ちたい」「俺たちも何かできることはないか」。知り得ない思いだった。ミーティングはやがて週2、3回に定着し、3月まで続けた。

小池は頭をかきながら、こう振り返る。

「ミーティングは30分で切ろうと思っていたけど、いつも熱くなって1時間くらいに延びていたんですよ」

何度も「もっと短くしたかったんですけど」と笑っていたが、その表情はどこか誇らしげでもあった。

最後の夏、野球も同じようにしたかった。固く結んだ絆で、どこまでも夏を引きのばすつもりだった。

だが、勢いを止められなかった。8回コールド負け。完敗だった。

小池は試合後、涙をこらえながら、次々とチームメートの名前を口にした。

「角井(優投手)が引っ張ってくれたり、チームの中では、奥山(廉汰郎外野手)だったり、佐藤(駿内野手)だったり、杉江(悠平内野手)だったり。3年生みんながいてくれたので、僕は胸を張って最後までキャッチャーができた」

スタンドの仲間へも、思いはあふれた。

「ブラスバンドの応援や、ベンチから駆けだす時に送ってくれた拍手が、本当に僕たちを後押ししてくれた」

出場辞退。オンラインミーティング。継続試合。コールド負けに終わった夏。

その1つ1つを、これからの糧にする。

「どうかこの経験を、つなげられる人生にしていきたい」

泣きながら笑う小池の横で、エース右腕・角井は静かに言った。

「最後まで全部受け止めてくれて、小池は本当に良いキャッチャーだった」

最後の夏を引きのばすことはかなわなかった。それでも、失われた春を乗り越えて、つないできた絆は輝き続ける。これまでも、これからも。【藤塚大輔】

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