高校から野球始めた磐田北・生倉一志「プレー面だけでなく声かけでも手本を」/静岡高校野球連載

最後の夏に臨む磐田北の3年生トリオ。左から生倉、近藤、中村

入学してから野球を始めた磐田北の生倉一志内野手(3年)が、チーム目標の「夏2勝」に貢献する。

入部先をテニス部か迷った1年時、豊田中時代からの仲の近藤奎吾内野手(3年)に野球を「一緒にやろう」と誘われた。「楽しそうだった」と入部を決意。だが経験はほとんどなかった。上手にプレーできず、周りに迷惑をかけ「うまくやっていけるか不安だった」と当時を振り返る。

昨年4月にはほろ苦い経験もした。練習試合前のシートノック時、球を追いかけて左翼手と交錯。右肋骨(ろっこつ)1本を骨折し、全治1カ月だった。復帰後、「きついことは人より耐えられる」と持ち前の根性で練習。竹下裕和監督(42)から基礎の捕球や送球、打撃を教わり、力をつけた。指揮官に「高校から始めたとは思えない成長ぶり」と評されたほどだった。

将来、不動産業で独立することを目指し、野球はここで区切りをつける。監督や支えてくれた同級生と下級生に「一緒に練習できて、ありがたかったです」と感謝した。最後の夏、「最上級生としてプレー面だけでなく、声かけでも手本を示したい」と意気込み、集大成で試合に臨む。

最終学年で攻撃の要に成長した。今大会では4番打者を任される見込み。エース中村幸四郎主将(3年)の「ここでという場面で1本打ってくれる」に実戦でこたえるつもり。チームは第94回大会(2012年)から初戦敗退が続く。ずばぬけた選手がいない分、粘り強く最後まで諦めずに戦い、就任2年目の指揮官に公式戦初白星を贈りたい。【倉橋徹也】

◆生倉一志(いくら・いっし)2005年(平17)5月14日、磐田市生まれ。球技好きで、豊田北部小入学から卒業まで地元ドッジボールチームでプレー。同5~6年時にはサッカーJ磐田のスクールに通い、豊田中ではテニス部に所属した。得意のボウリングは最高220点。左投げ左打ち。家族は祖父母、両親、弟。172センチ、65キロ。血液型B。