【甲子園】土浦日大・小菅監督「39年後のこの日、息子さんと対戦とは」かつてPL学園と決勝戦

取材に応じる土浦日大・小菅監督(撮影・永田淳)

土浦日大は20日、兵庫・西宮市内の練習会場で約2時間、打撃練習を中心に汗を流した。準決勝を前に、小菅勲監督(56)は、特別な思いを明かした。

39年前、84年の8月21日、取手二(茨城)とPL学園(大阪)の決勝戦が行われた。取手二の三塁手として出場していた小菅監督。対するPL学園の4番にはまだ2年生の清原和博氏(56)がいた。

試合は8-4で取手二が勝利し、初優勝を果たした。くしくも慶応と対戦する準決勝は同じ8月21日だ。小菅監督は「清原君の息子と同じ甲子園のグラウンドに一緒に立てる。清原君が出てきてくれるのを楽しみにしています」と、対戦を望んだ。

4月上旬、慶応との練習試合では、直接、清原勝児内野手(2年)と対面。「39年前、お父さんと甲子園で試合をしたんだよ、と言ったらビックリして。きっと私のことを誰かわかってなかったんでしょうね」と、笑顔で話した。

大応援団も味方につける。大歓声の中でのプレーは慣れっこだ。この日も、大音量で音楽を流しながら練習。マネジャー作成のミックスリストで、小菅監督のリクエスト「最後の雨」(中西保志)「for you…」(高橋真梨子)から始まり、最近のヒットチャート曲。間にはサザンオールスターズも挟み、選手たちはノリノリでバットを振った。小菅監督は「始めたのは18年くらい。バッティングを気分よくやってもらいたくて。少し余裕のある状態でやるものだと思うので」と、その目的を明かした。

エースの藤本士生投手(3年)は「好きな曲とか流れるので、ノリノリで打撃練習ができるんですが、最近では耳に入れる程度で集中できるようになりました」と、集中力アップの成果を口にした。慶応戦に対しても「明日は慶応の応援もすごいと思うんですが、自分の味方につけたいです」と、楽しむ覚悟だ。

39年前も、2連覇を目指すPL学園への応援で観客が沸いた。その中で延長10回勝ち越しで優勝を手にした小菅監督にとっては、すでに経験済み。「甲子園は一緒になって楽しむところ。のまれないように、とバリアをすると、絶対解かれてしまう。お~清原君が出てきた~と楽しむ場所。うちの選手たちはそれができている。明日も楽しめるんじゃないかと思います」と話した。

小菅監督と清原ー。39年の時を経て、運命に導かれた対戦に「小菅野球」で初の決勝進出を目指す。【保坂淑子】

 

◆84年夏決勝 木内幸男監督(当時53)の取手二が桑田真澄、清原和博(ともに当時2年)のPL学園と対戦。9回裏、PL学園・清水哲に同点本塁打を打たれたが、10回表に中島彰一(現日本製鉄鹿島監督)の3ランなどで突き放し、茨城県に春夏を通じて初の優勝旗をもたらした。土浦日大・小菅監督は当時、9番サードで出場。7回、桑田から内野安打で出塁し、直後に吉田剛(元近鉄-阪神)の2ランが飛び出した。