<愛の花咲くか(3)センバツ21世紀枠候補>
第96回選抜高校野球大会(3月18日開幕、甲子園)の出場校が今日26日、発表される。吉報を待つ21世紀枠(2校)の候補校を紹介する連載「愛の花咲くか」の最終回は、水戸一(茨城)。偏差値73を誇る関東有数の進学校で、昨秋の県大会では52年ぶりの4強入りを果たした。自由な校風で、卒業生の作家・恩田陸氏(59)が描いた小説「夜のピクニック」のモデルとなった「歩く会」がある。70年ぶりの聖地へ、確かな1歩を踏み出せるか。
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修学旅行がない水戸一には、卒業生の誰もが忘れられない一大行事「歩く会」がある。毎年10月の土日、全校生徒が60キロの道のりを2日間かけて歩く。泊まりがけ行事で、OGの恩田陸氏の名作「夜のピクニック」は、これがモデルとなっている。
野球部は学ラン着用が伝統的に義務づけられているが、校内は基本的に制服もない。染髪も認められている。そんな校風ながら「歩く会」の1日目、往路40キロはクラス全員が列になっての団体歩行。個人の精神力も、団体の中での振る舞い方も試される。
コースは3つ。昨秋は水戸市西部に位置する城里町を出発し、内原地区を経由し、ゴールの母校へ向かった。持ち物は「最低6個の昼食用おにぎり、2日分の食料と水4~5リットル」が必須。通過点の中学校ごとに1時間の休憩を挟み、夜がふける午後10時ごろまで“ピクニック”が続く。
2日目の復路20キロは自由歩行になる。歩くのも走るのも自由。野球部では休憩時間以外は走るのがルール。マネジャー含めて全員が走りきる。ノックやティー打撃のトスを手伝う岡野梨渚マネジャー(1年)も「小説読んでから挑んだんですけど、結構あのまんまです」と回想する。「『周りの子としゃべろう』と声掛けがあるので、スマホや参考書の“ながら歩き”は禁止されています」と進学校らしいルールも明かした。
計60キロを歩く大がかりなイベントへ、学校全体で事前準備に取りかかる。1カ月前から「歩く会」に向けたマラソンが体育の授業でみっちり行われる。目標は1時間で6キロの完走。次の授業に間に合うように、意地でも全員が走りきる。
鈴木裕斗投手(2年)は入学後しばらく「歩く会」の存在を知らなかったと笑う。「修学旅行がないのも知らなかったので。『えっ?』ってなりましたけどね。『なんで(体育の授業で)毎回6キロ走るんだろう?』って。そこで歩く会のための練習だって気づきました。ちょっとここに関してはミスったかな」と笑いながら正直に話す。受験の二択で迷ったもう1つの学校は、修学旅行でハワイに行った。それでも実際の「歩く会」は楽しかったし、修学旅行を上回るイベントだった。
「甲子園に行けたら全然後悔はないです。誇りにもなると思うし、修学旅行とは別の体験ができると思う」と夢を想像する。
12月に21世紀枠の推薦校に選ばれた。「それから水戸駅で声をかけてくださることはちょっと増えました。バッグに『水戸』って校章が入っているので、甲子園に出るかもしれないっていうのはこういうことなのかな」と身の回りのちょっとした変化を思い起こす。部員たちは皆、甲子園は自分たちを変える大きな存在だと自覚し、そこに備えている。
県内最古の公立校。決して恵まれたグラウンドを構えているわけではない。1日6時間の授業後、午後4時30分から7時までと平日は2時間の練習。グラウンドは他部との共用で、全面を使えるのは月に1、2回程度。照明は威力が弱めで、日が落ちるとほとんどあたりは見えない。グラウンドの脇道に行くまでは、スマホのライトを地面に照らさなければ歩くのも危ない。そんな環境下でも全員が「甲子園に行くつもりで」と気持ちを切らさず練習してきた。
時間の有効活用のため、学校も動いた。昨年の「歩く会」を終えた直後、グラウンド脇にウエートルームが完成した。少し離れた体育館まで移動していた時間が大幅に短縮。電車の時刻表も気にしつつ、空いた時間でトレーニングに励む。
常総学院、土浦日大、明秀学園日立、霞ケ浦…といった私立優勢の茨城県で、秋はベスト4に入った。発表当日の1月26日は、「一球入魂」の教えを掲げたOBの「学生野球の父」飛田穂洲(すいしゅう)氏の命日と重なった。生徒たちにとって最高の“修学旅行”は実現するか。「甲子園を見据え、より身を引き締めて練習してきた幸せな2カ月間でした」と津田誠宗主将(2年)。夜のピクニックで培った連帯感で、足を踏み入れる権利が届くのを待つ。【佐瀬百合子】(おわり)
◆水戸一(みといち) 1878年(明11)創立の県内最古の高等学校。全校生徒数は767人。野球部は1891年に創部。旧制の水戸中を含め、甲子園は夏に3度出場。校舎は水戸城跡に建てられ、校内には遺構の薬医門が残る。毎年、難関国立大合格者を多数輩出する。所在地は水戸市三の丸3の10の1。