<第96回選抜高校野球:選考委員会>◇26日
第96回選抜高校野球大会(3月18日開幕、甲子園)の出場32校を決める選考委員会が行われ、21世紀枠として別海(北海道)が選出された。春夏通じて初の甲子園出場となる。
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別海のユニホームを着て8年、島影隆啓監督(41)の悲願がかなった。
「夏は毎年、選手たちと泣いていますよ。2月の送別会も。悔し涙の方が多いですね。悔しくて眠れない夜だって何度も」
眠れなくても朝は来る。酪農家でさえまだ起きていない朝3時、愛する家族を起こさないようにそっと動きだす。コンビニエンスストア「セイコーマート しまかげ中春別店」の経営が家業。3代目は店に行き、店内調理のおにぎりを作るため、米をたくことから1日を始める。
どん底から始まった。13年秋、前任の私立校の野球部監督を突然解任された。道大会後に呼び出され「明日からもう、指導しないでくれ」。理由も不明瞭。頭は真っ白に。当時の野球部父母会は反対の署名運動を起こし、多くの声が集まった。それでも覆らない決定。年度末までは親身に指導した。
道外遠征の最終日となる3月31日。東京・羽田空港でのシーンを一生忘れない。野球部長も一緒に辞めることになっていた。自身と選手は釧路空港へ、部長は新千歳空港へ。トレーナーは女満別空港へそれぞれ飛ぶ。搭乗前の空港ロビーで行った解散式。「丸刈り頭の高校生たちがあんなに。周りから見たら、すごい光景だったかもしれませんね」。全員で号泣し、別れた。
失意で帰郷した。報道されたことで「解任」の2文字は別海でもけっこう多くの人が知っている。「気まずさはもちろん…ありましたよ」。引け目だってあった。それでも大きな優しさで包んでくれた。
「みんな心配してくれました。ほとんどの人が『よく帰ってきたな』『頑張ったな』って声掛けてくださって。別海野球部で野球界に戻してくれたのも、地元の方々なので」
別海高校の野球部に就任したのは14年の春。選手4人から始まった。大変な旅路だった。
「就任した時は、選手と僕くらいしか信じてなかったと思うんです。甲子園って。だけど本当にたくさんの人に支えてもらって、弱くて、練習試合も全く勝てなかったこともあったんですけど、その世代の子たちも甲子園って本気で思って頑張ってくれてた土台があるので」
羽田空港で別れた教え子たちは、その夏に初めて甲子園の土を踏んだ。教えは間違いじゃなかった-。やがて大人になった彼らは、別海にまで来てくれた。“弟弟子”たちに、泣くほど慕った恩師から授かった野球を伝えるために。
そうやってついに、この日を迎えた。島影監督はずっと願っていた。
「こんないなかの子どもたちがあんな大舞台に行けるなんて人生を変えると思うので。今まで夢かなわず引退していった卒業生の子たちも含めて、みんなうちがいった時にみんなで喜べる場所なので」
涙、涙の大願成就。27日、別海町は晴れ予報になった。日本列島の東の果ての野球部に、ついに“初日の出”が昇る。うまい冷気を吸い込んで、格別な朝を味わう。【金子真仁】