<別海とモウします(3)>
21世紀枠の別海が、選抜高校野球大会(3月18日開幕、甲子園)に出場することが決まった。酪農のまちから甲子園史上最東端出場校となるチームの話題を連載「別海とモウします」と題し、3回に渡って紹介する。最終回は別海の快進撃を支えたメンバーに迫る。
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別海の快進撃を支えたのは、中学時代に2度の全国大会出場を経験した5人の別海中央中出身メンバーだった。中学2年時の21年8月に関東で開催された全国中学大会と同年9月に静岡県で開催された全日本少年春季軟式野球大会に出場。いずれも初戦敗退だったが、培った経験は今も生きている。
秋季北海道大会全3試合に先発し、2回戦までの2試合で完投したエースの堺暖貴投手(2年)は中学時代は野手として全国大会に出場していた。別海で投手としての実力を付け、島影隆啓監督(41)は「高校に入ってからのトレーニングでしっかり成長してくれた」と評価する。堺は「投手として全国の舞台に立つのは初めてだけど、甲子園でもいつも通りのピッチングをしたい」と大舞台を見据えた。
中学時代は新型コロナ禍で、出場した全国大会も無観客で開催された。センバツでは大観衆の前でプレーする。橋本流星外野手(2年)は秋は背番号12でレギュラー奪取には至ってないが、甲子園出場が決まって、気合を入れ直した。「3月までに自分の課題を克服して試合に出て、家族にいいプレーを見せたい」と意気込む。
当時、別海中央中で指導した現知床未来中野球部顧問の山形翔平さん(27)は、教え子について「こうなってほしいという方向にまっすぐ進んでくれる子たちだった」と振り返る。高校での躍進に「島影監督の指導でさらにレベルアップし、人間的にも成長してくれた。自分も高校時代に目指していた甲子園の夢を託したい」。実力を積み上げてきた選手たちと、経験豊富な島影監督の指導の両輪がかみ合って甲子園切符を手中に収めた。少人数チームというハンディをものともしない骨太なミルクナインが甲子園で暴れ回る。【石井翔太】(おわり)