<青森山田 センバツ1勝、その先の日本一へ>
春のセンバツが18日に開幕する。日刊スポーツ東北版では「青森山田 センバツ1勝、その先の日本一へ」と題し、注目選手を紹介。第1回は秋にエースナンバーを背負った関浩一郎投手(新3年)。秋までの最速は146キロ。安定感が持ち味だが、秋の神宮大会では星稜(石川)を相手に先発。3回に3失点し、2-3で敗れた。初戦を任せられるエースへ-。春の聖地で真価を発揮する。【取材・構成=濱本神威】
2月中旬、チームは岩手・陸前高田市内で合宿を行った。昨年11月17日、神宮で自身の未熟さを痛感したあの日から3カ月、取材に応じた関は一回り大きくなっていた。「体の部分から、技術的な部分から、全体的に見直しました」。体重は秋の80キロから6キロ増。「毎日吐きそうになるまで食べてます(笑い)」と、お米を朝、昼は800グラムずつ、夜は1・4~1・5キロ、最低でもこの量を毎日食べる。気づけば、体はがっしりし、安定感も増した。「今までの感覚とは全然違うものを感じています。楽にスピードが出せたり、練習での体力面でも全然楽になりました。より集中して練習ができている」。筋力トレーニングをこれまでの倍以上に増やし、ブルペンでの投球では「どの試合のどの場面か、試合でどう使っていくか」などを考え、より実戦に近い形を意識するようになった。
それだけ、あのマウンドは悔しかった。星稜戦、3回2死一塁の場面。関が投げたボールは、橋場公祐主将(新3年)がミットを構えた場所には収まらなかった。適時二塁打となり1-1。「昨年からずっと反省していた逆球、抜け球があそこで出て長打になってしまった」。なおも2死二塁、次打者に左越え2ランを浴びた。「2ランも同じような、今まで言われてきたような反省でした。自分の反省が改善し切れてない状態。その未熟さをすごく感じました」。秋から1番をつけ、県大会、東北大会とチームは勝ち続けた。自身が完投して勝った試合もある。センバツ当確となった東北大会準決勝の一関学院戦では2安打完封。エースとしての自覚があった。神宮前には「1番を背負っている分、その番号に似合うような、恥のない投球をしたい」と語っていた。しかし、勝てなかった。「自分が投げて負けた。実力の足りない部分がよく分かりました。1番をつけて大事な初戦を任せられて…。周りからどのくらい託されているかという自覚、責任をあらためて感じました」。「1番」への思いは一層強くなった。
関は小学5年生の夏、甲子園をテレビで見て「自分もあの舞台で野球をしたい」と思い、野球を始めた。今でも、理想の場所だという。関は「これ以上ない舞台。あそこで投げるのが夢で、野球を始めて、ずっと練習してきた。すごく楽しみです」と目を輝かせた。「去年と同じようなことを繰り返さないようにしたい。1番をつける自覚、つけることに重みを感じて、チームの勝ちにこだわってピッチングしていきたい」。“エースとして”憧れたマウンドで、センバツ初勝利をつかみ取る。
◆関浩一郎(せき・こういちろう)2007年(平19)3月8日生まれ。青森県青森市出身。篠田小5年時に小学校の部活で野球を始め、沖館中では青森戸山リトルシニアでプレー。昨秋からベンチ入りし、昨秋の県大会から背番号1。187センチ、86キロ。右投げ右打ち。