<高校野球三重大会:海星2-1昴学園>◇19日◇2回戦◇県営松阪
昴(すばる)学園が初戦で涙をのんだ。今春の県大会3位。シードされて2回戦から登場したが、海星に惜敗した。
1点差で迎えた9回2死一塁。打席の橋本航季外野手(3年)がバットを振ることなく、カウント3ボール2ストライクと追い込まれた場面で、東拓司監督(46)は「あと1球」の場面で伝令を送った。「橋本は最近、思いっきりが悪くて、球が見えてなかった。あの打席も積極的にいってほしかったけど。ひと呼吸をちょっと置いて勝負と」。最後に橋本が振り抜いた打球はセンターへ浅く上がった。捕球を見届けると、東監督はベンチの外に。ナインのあいさつに合わせて帽子を取った。
昨秋から監督に就任した東拓司監督(46)は白山(三重)監督だった18年に三重大会を制し、甲子園の土を踏んだ。当時の主将が「日本一の下剋上」と話したこともあり、同校の快進撃を元に昨年ヒットしたテレビドラマ「下克上球児」が製作。主人公も東監督をモデルにした。
野球部長から監督就任時は注目され、初めて迎えた夏は初戦の2回戦で散った「やりずらいのはやりずらい(笑い)。やりずらいけど、すごくいい経験をさせてもらったと思う。これはまた生かさないとダメかな」と笑った。就任1年目の夏は「最後に攻める姿勢を見せてくれたから、合格点かな。もうちょっと序盤から行ってほしかったなと思いますけど、そこは夏の難しさかな」と、3年生らを見送った。
昨年、昴学園の体育教師になり、野球部長にも就任。同校はほぼ全寮制で、部員の食事面の管理も徹底している。強豪校でも年間90~100試合程度だが、実戦重視を掲げ、練習試合も年間約170試合以上を組む。「3年生が昴学園のあれ(基礎)を作ってくれた。新チームに引き継いでまたやりたい」。東監督は、2校目での「下克上」を早くもにらんだ。
◆東拓司(ひがし・たくし)1977年(昭52)9月23日生まれ、三重県津市出身。久居高校では「1番中堅」として活躍。甲子園出場経験はなし。大体大でも野球部に所属し、2学年上には元巨人、メジャーで活躍した上原浩治氏がいた。卒業後は母校のコーチなどを経て、昂学園の寮監時代のに07年に教員免許試験に合格。同年から県立上野高校で監督を務め、13年から白山高校の監督に就任。6年目の夏に三重大会初優勝を飾り、甲子園初出場に導いた。23年春から昴学園に赴任し、部長を経て秋から監督に就任した。
◆昴学園 1949年(昭24)に宮川高萩原分校として創立し、1987年(昭62)からは萩原高として独立。1995年(平7)から「全国唯一の県立で全寮制の総合学科高校」として、現校名に改称された。野球部は春夏通じて甲子園の出場経験はない。所在地は三重県多気郡大台町茂原48。若宮一哉校長。
◆下剋上球児 18年夏に三重大会を制して甲子園に初出場した白山高校の硬式野球部をモデルとしたTBS系連続ドラマ、日曜劇場として23年秋に放送された。俳優の鈴木亮平が廃部寸前の越山(えつざん)高校の弱小野球部の監督に就任し、夏の甲子園に導いた主人公・南雲脩司を演じた。黒木華、井川遥、小日向文世らが共演し話題を呼んだ。